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「お前の人生クソつまんない」と言われバイクの免許取りに行った話

数年ほど前の話だ。

「お前、休みの日何やってんの?」
聞いてきたのは受け持ち患者の大沼(仮名)さん。
僕は病院でリハビリ関係の仕事をしている。
で、大沼さんは患者さんというわけ。
大沼さんは酔って転んで足の骨を骨折していた。

病院で僕のことを「お前」と呼ぶ人は珍しい。
珍しいというか、ほぼいない。
大体「石川さん」「リハの先生」そんな感じ。
大沼さんは居酒屋の経営者で、
よく言えば人付き合いが上手い。
悪く言えば相当にクセが強い。
医者の言うことは聞かず、看護師の言うことも聞かず、僕のことは子分とでも思っていただろう。

リハビリ中の会話だった。
大沼さんは訓練そっちのけで話しかけてくる。
大沼「お前、休みの日何やってんの?」
石川「走ったりしてます」
大沼「走ってる、、?休みの日に!?」
石川「社会人サッカーのチームで、、」
大沼「は、クソつまんない人生だな!!!」

食い気味に人生を全否定されてしまいました。
そしてさらに一言。
「バイクの免許でも取りに行けよ!!!」

大沼さんは経営者であり、バイク乗り。
バイクの話は度々聞いていました。
でも僕はバイクに全く興味がなかった。
仕事柄、バイク事故の悲惨さは嫌と言うほど
知っています。

石川「バイク怖いじゃないですか。絶対乗りたくないです。」
正直な気持ちをそのまま伝えました。

少し間が空いて大沼さんが一言。

「最近の若い奴ってみんなそうだよな。やってみてつまらなかったら辞めればいいのに、やる前からそうやって何もしない。ほんとつまんない」

納得してしまった。そして妙に悔しかった。
確かに始めてもいないのに、楽しいか楽しくないかなんてわからないじゃないか。

僕の人生が否定されたんじゃない。
新しいことに挑戦しようとしない心意気が否定されたんだ。

入院中大沼さんはこんな事も言っていた。
「お前みたい奴はあれだ。話しだけ聞いてもダメだ。バイクに触ってこい。教習所で説明聞いたら、バイク見せて貰えませんか?って聞いてこい。んで触ってこい。な?」

教習所に行くなんて一言も言ってません。
でも、さすが経営者というか、
「話しだけ聞いてもダメ」
僕のことをよく理解しているなと思わされます。

大沼さんが退院する前に経営する居酒屋を聞いて、後日同僚と大沼さんの店で飲み会をし、連絡先を教えてもらいました。
そして飲み会の翌日、
僕は誰にも何も言わず教習所へ向かった。
ただ、バイクの免許を取る気なんてなかった。

「教習所へ行った。話を聞いた。バイクにも触ってきた。でも、やっぱり俺はバイクに乗る気にならない。」
それが言いたかった。
連絡先はゲット済みだ。居酒屋にも行ける。
少なくとも教習所にはいってきたぞと。
何も出来ない訳じゃないんだぞと言いたかった。
「つまらない」を少しでも否定したかった。

教習所では大沼さんの言った通りになった。
石川「バイクの免許を考えているんですが、、」
受付「大型と中型がありますがどちらに?」
石川「大型とか中型とかよくわからないんで、実際に見ることはできますか?」
受付「指導員に案内させますね。少々お待ちを」

指導員に案内されて場内へ。
そして、バイクが並んでいます。
石川「バイク、、デカ、、。」
指導員「あれが中型です。」
石川「あれで中型?大きいすっね。」
指導員「中型大型、エンジンの話なんで、車体はそんなに変わらんのですよ。」
石川「へぇ、バイク触ってもいいですか?」
指導員「いいですよ。あ、またがってみます?」

人生で始めてバイクにまたがった。
不安定なずっしりとした重さ。
ハンドル、サドル、ミラー。そして独特な臭い。
全てが新鮮だった。

その日はそのまま帰った。
ただ帰りの車、いつもの道を走る中で、
こんな感じでバイクに乗ったら気持ちいいだろうな。と無意識に気持ちがバイクに向いてしまう。
気づけばバイクの雑誌を買い、
YouTubeでバイクを調べ、
バイク屋さんに足を運んでいた。
新車のバイクを見てもう心は決まってしまった。
バイクの免許、取りにいこう。

もともと不器用なほうです。
何度も転んで、転んで、転んで、
補習、補習、補習。
「バイクこんなに難しかったのか、、。」
そんな時にLINEがなりました。
大沼さんです。
大沼「うち(居酒屋)こいよ。奢ってやる」
ただ暇だったんでしょうね。
石川「あー今日バイクの教習あるから無理っす」
大沼「またまたぁ。お前も面白いこと言うようになったじゃん」
石川「いや、いま本当に教習所通ってます」

教習簿を写真でとって送りました。
教習所のことはまだ話していませんでした。
免許取ってから再会して驚かせたかったのです。

大沼「まじじゃん!どうした?遅くなってもいいからとりあえず今日こいよ!」
どこまでも自分勝手な人です。
でも僕も大沼さんと話したかった。
あんたのせいで毎日転んでばかりだと笑いたかった。

大沼さんの店で、
教習所に通うまでの経緯を説明した。
あなたの一言が悔しかった。
あなたの一言が僕を駆り立てた。
大沼さんは終始嬉しそうだった。
もう僕のことを「つまらない」とは言わない。
そして、
バイクを買うならこのサイトがいい、
中古ならこの店舗、
中型のバイクならこれがおすすめだ、
など、
聞いてもないことを相変わらず話してくる。
お節介だが嫌な気がしない。そんな人だ。

何度も転んで、卒検は2回落ち、
ようやく中型バイクの免許を取得した。
大沼さんに相談しながらバイクを買った。
車体は30年前のもの。
超激安なバイクだ。
はっきり言えばオンボロ。
でも最高に嬉しかった。
自分好みにカスタマイズして、初ツーリング。
相手はもちろん大沼さんだ。
全く想像していないことだった。
まさか患者さんとバイクツーリングするとはね。

今はもう大沼さんとは連絡をとっていない。
子供が産まれてバイクにも乗らなくなった。
でも短い期間だったが、
バイクに乗ることで沢山の思い出ができた。
いや、思い出以上に、
新しいことへの心意気がだいぶ変わった。
「やる前からやめてしまうなんてつまらない」
「始めてみなきゃわからないじゃないか」

静岡県の伊豆を1人ツーリング
独身時代の最高の思い出のひとつ

大沼さんに出会わなければこんな景色は見れなかった。「クセが強い患者」と決めつけて、距離をとってしまったらこんな体験は出来なかった。

何かを始める時に必要なのは、
明確な目標や、並外れた行動力ではなくて、
誰かたった1人との出会いなのかもしれない。


その誰かと出会う準備はできていますか?

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