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境界線上で怪異が騒ぐ ― 闇に手を伸ばす祓い屋ープロローグ第4話ー

Case.1「廃校」―幽影が刻む記憶―

プロローグ

prologue 廃校―異界への序曲―Ⅳ

悠真ゆうま灯華とうかが影と対峙たいじしている中、教室に珍奇ちんきな姿をした5名からなる人の一団が廊下から現れた。

何が珍奇なのかといえば、彼らの服装である。

まるで、平安時代の武官ぶかんのような装束しょうぞくほうと呼ばれる服装を身にまとっているのだ。

先頭の男の一人は赤。その後に続いて入ってきた男女4名は白の褐衣《かちえ》に白いはかま。袍の胸や背中、そでに大きく描かれるのは、黒糸くろいと金糸きんしで美しくわれた向かい合う二匹の獅子ししが描かれた双獅子紋そうししもん蛮絵ばんえ

5名とも藁履わらぐつを履いており、髪をまとめている細く上に伸びた黒いかんむり。また、それぞれに槍や太刀、弓を装備していた。

彼らの異様な出で立ちは21世紀の現代において、あまりにも場違いにして異様。珍奇。

悠真と灯華の現代的なよそおいと並ぶと余計に対照的であり、まさに教科書に描かれた奈良や平安時代からそのまま出てきたかのようだ。

しかし、彼らは本から出てきた存在でも、幻でも、タイムスリップしてきたわけではない。

あやかし、妖怪ようかい悪霊あくりょう悪魔あくま怪異かいい精霊せいれい......エトセトラ。

これら、総じて妖異ようい

奇怪きかいにして厄介やっかいな存在が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする日本で、闇から人々を守るために戦う者たちがいる。

一見、物語の中だけの話と思われがちなこれらの存在に立ち向かう者たち――その実在を知る者は、世界でもごくわずかだ。

しかしながら、彼らの行いは密かに多大な尊敬そんけい畏敬いけいを集め、語り継がれている。

その使命は、西暦の黎明期れいめいきから世界中で脈々みゃくみゃくと受け継がれてきたもの。

各国ごとに異なる形を持ちながらも、共通しているのは、闇に潜む脅威に立ち向かう決意と覚悟だ。

エクソシストや祈祷師きとうし

シャーマンや精霊術師せいれいじゅつし

魔女や魔法使いなど、様々な呼称こしょうで存在する霊的な力を持つ者たち。

日本においても、古くからその役割を担ってきた人々がいる。

神楽を奏でて神意を慰め、神降ろしを行う巫覡ふげき

山岳信仰を基盤に、祈祷と厳しい修行を通じて霊的な力を得る修験者しゅげんじゃ山伏やまぶし

占術や天文観測、呪術を駆使し、自然と人の運命を読み解いた陰陽師おんみょうじ

霊と交信し、未練を抱えた魂の声を伝える霊媒れいばい口寄せくちよせ

そして、怪異を祓い、妖怪や悪霊と戦う退魔士たいましや、妖怪退治ようかいたいじを行い武士の家系にその力を伝えた者たち。

時代の波に揉まれ、幾度いくど淘汰とうたの危機にさらされながら、彼らの存在はなお現代に息づいている。それは、人々が彼らを求め、同時に恐れたからだ。

彼らは、言語、人種、山や海を越え、国の垣根かきねを越えて、彼らは一つの誓いを立てた――「闇を制し、世界を守る」と。

こうして築かれた巨大な組織は、やがて世界を超えて協力し合う守護者の結社けっしゃとなった。

その組織の名は――

世界秘密結社「境界ザ・バウンダリー

所属しょぞくする者すべてが、直接的・間接的、いずれかの形で、人と人ならざる者との間に平和をたもつ役目を担っている。

彼らは「境界きょうかい守護者しゅごしゃ」として活動し、その名の通り、世界の境界を護る存在である。

彼らの装束しょうぞくには、長い歴史と伝統が刻まれている。

日本の場合、その起源は、日本神話の原型げんけいが形成された奈良なら平安へいあん時代にまでさかのぼる。

その代表例が、712年(和銅わどう5年)に太安麻呂おおのやすまろが著した『古事記こじき』、そして720年(養老ようろう4年)に舎人親王とねりしんのう編纂へんさんした『日本書紀にほんしょき』に記された時代である。

――いや、あくまでこれは、記されただものであり、人が記したもの。

まことの歴史はもっと古い。それこそ、“神の子”の誕生が記録されるより前から、ずっと。

日本の「境界」の前身とも言える組織が形作られ、歴史の中で重用ちょうようされたのがこの時代だ。その影響は現代に至るまで色濃く残っている。

古くから受け継がれてきた、その衣装いしょうが歴史そのものの象徴であり、そして霊的な力を宿した重要な存在。それが褐衣かちえ布衣ほいなど所謂いわゆるほうと呼ばれる出で立ちだ。

普段はスーツなど現代的な服装をしている彼らだが、妖異ようい対峙たいじする場面では、古来より受け継がれたこの装束に身を包む。その姿は、まるで歴史そのものが現代に蘇ったかのようだ。

彼らがこの「廃校」にいる理由――

それは、この地域における霊的活動を監視かんしする役割を担う、日本支部の「境界」に所属する者達だからである。

一団のリーダー格であろう、一際目を引く赤い袍をまとった壮年の男性――事前の紹介で「倉敷くらしき」と呼ばれた境界側のまとめ役――が、悠真たちを鋭く睨みつける。口元が険しくゆがみ、低いが威圧感に満ちた声が響いた。

「ここは我々の管理下だ!妖異よういを発見したなら、なぜ報告しなかった?報告もなしに軽率な行動を取るとは、命を捨てる気か!?」

高圧的な言葉が空気を重くする。だが悠真は一礼をし、穏やかだが芯のある口調で応じた。

「ご指摘はもっともです。しかし、この状況では即座に行動せざるを得ませんでした。ご理解いただければ幸いです」

倉敷は苛立ちを隠さず、声を荒げる。

「理解などいらん!戦いにいどむ者が軽々しく‘仕方がなかった’などと言うな。この場にひそむ“本当の問題”にお前たちは気づいていないのだ!」

眉間みけんしわを寄せ、鋭い目つきで続ける。

「お前たちが理解しているのは表層ひょうそうの一部に過ぎない。我々が継承けいしょうしてきた歴史と知恵、それこそが妖異というまこと脅威きょういに対抗する唯一の力だ!」

野良のら”。それは境界に所属しない特異能力者を侮蔑ぶべつするための呼び名。

その声には刺々とげとげしさがあったが、同時にどこか重苦しい責任感が垣間かいま見えるようだった。

「……申し訳ありません」

悠真はただそれだけを言い、深く頭を下げた。丁寧で礼儀正しい態度の裏には、抑え込んだ感情が渦巻いていた。喉元にまで浮かんだ反論をぐっと飲み込む――「だまじじい。なら、何でこんな問題が起きてるんだ!」と叫びたくなる衝動をこらえながら。

「……ふん」

倉敷は悠真の頭を下げる姿を見て、冷たい鼻息を漏らした。その目にはいまだ刺すような鋭さが宿っている。

「謝罪するのは勝手だが、行動の軽率さが帳消しになるわけではない。お前たちが我々に及ばないのは明白だ。経験も知識も足りないお前たちが下手に動けば、問題をさらにこじらせるだけだ。偵察ていさつてっしろ!」

その言葉には非難だけでなく、どこか警告めいた響きもあった。その刹那せつな――

「っ......!倉敷くらしき様っ!」

白い袍を纏った一人が、慌てた声で叫ぶ。視線は、悠真が対峙していた影、教室の奥へと向けられていた。

「ぬっ!?」

倉敷がその方向を見るや否や、影が突如とつじょとしてふくれ上がり始めた。悠真たちがおさえたはずのそれは異様な速度で形を成し、ただの影から、質量を持つ巨大な存在へと変貌へんぼうしていく。

そしてそれは、先ほどまでの形無き影でなく、しっかりと質量を持った......大柄おおがら人型ひとがたへと姿を変える。

廃校の教室の天井に届かんばかりの巨体。2メートルを超え、2メートル50センチ以上はあるだろう。人型ではあるが、その圧倒的な質量感と威圧感は「人間」の枠を超えている。

その場にいた悠真、灯華、そして境界の一団も大きく目を見開く。

空気が一変し、場を支配する異様な存在感。その影が作り出した圧迫感は、全員の呼吸を重くする。

その姿は、「廃校に現れる幽霊」の“一人”――だがただの幽霊ではない。

明確な「」を持つ存在。

全員がその「名」を知っている。誰一人として、それを事前に把握していないはずはない。それでも、その名を思い浮かべた瞬間、場の空気がガラリと変わる。

めていた緊張感きんちょうかんが、一気に甲高かんだか金切かなきり音をかなで始めたかのような、恐怖と不愉快感ふゆかいかんに満ちたものへと変貌した。

そして、誰かがぽつりと、声に出してしまった。

「......放課後の殺人鬼・・・・・・・

その一言が場を支配し、静寂を切り裂いた。


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