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境界線上で怪異が騒ぐ ― 闇に手を伸ばす祓い屋ープロローグ第3話ー
Case.1「廃校」―幽影が刻む記憶―
プロローグ
prologue 廃校―異界への序曲―Ⅲ
二人は一つの教室の前で止まり、教室の内部をハンディライトで照らしながら灯華が口を開き、暗闇に透き通る凛とした声が響く。
「この感じ......間違いなく、ここにいるわ」
悠真は黙って頷くと、右手を上着の黒いジャケットのポケットに入れ、中から読めない古い文字と絵のようなものが墨で描かれた紙――“御札”らしきものを手にして、緊張の面持ちで周囲を見渡し、教室へと踏み込む。
灯華は2歩ほど遅れて教室を照らしながら入る。
教室の中に入れば、廊下とまた違った木材の澄んだ匂いが二人の鼻孔を通り抜ける。それに、灯華の眉が少し真ん中に寄る。
教室内は素晴らしく状態が良く、チョークが乗りやすそうな黒板。
その前に置かれた床より少し段差が挙げられた教壇に置かれた教卓。
そして、ずらりとならんだ生徒用の木材とパイプでできた簡素な机と椅子が二十組ほど。
教卓の奥、教室の手前の隅には、担任の先生用の木造の机と棚が置かれている。教室の奥には生徒がそれぞれ荷物を置く木枠の棚が備わっている。
明日からでも授業が行えそうな綺麗で、換気も行われているのか、空気も澱んでいない......暗い教室。
入り口から順繰りに、床、席、廊下側の窓、天井、校舎の外の風景が見える向かい側窓、教卓とその奥......灯華がハンディライトでぐるりと暗い木造教室を照らす。その丸い光が教室の奥を照らす。
席の一番最後横列と奥の棚との間に空いた広いスペース。
そこに、灯華のハンディライトが止まった。
悠真は肩越しに灯華の顔を見て、静かに頷き、一歩進める。
すると、ライトが照らす先で、どこからともなく黒い霧が床を這うように立ち上り、次第に形を変え始めた。
「影......ッ!?来ます、灯華さん!」
悠真が右手の人差し指と中指で挟んだ御札――符を構える。彼の目が、僅かに細まる。
やがて奥を中心に教室中に充満し始めた黒い霧は恐ろしい早さで形を変え、一度崩れたかと思うと、次の瞬間には腕を持った形状に変わり、床を這うように広がり始める。その動きには、明らかに“目的”が宿っていた。
そして、その影は悠真たちを襲う。
その姿は、まさに暗闇を支配する影の怪物。
悠真は符を前方に構えながら、息を吸い込み――
「......清流の如し、流れよ祓えて、闇を払い清めの水となれ」
悠真は心を集中させながら敵を前に冷静に、そして静かに、しかしながら早口に、簡略化された呪文を詠唱する。
詠唱が終わると、悠真は符を指先から目の前に放つように離す。風も吹かない教室のなか、符はひとりでに「影」へ向って飛んでいく。そして、摩訶不思議なことに、その符に墨で描かれた古い文字またはもんようが幽かに浮かび上がり、その周囲を青白い光が包む。
瞬く間にその光は水へと変わり、激しく飛沫を上げながら途中の机と椅子を押し流しながら、「影」と対峙する。
影は水の渦に押し込まれると、形を崩す。悠真と灯華は、黒と青の激しいぶつかり合いに圧倒されながらも、一瞬の隙を見逃さずに「影」の動きを追う。
やがて、符、又は術の効果が終わったのか、激しい水は消えさり、静かな水音だけが残る......
――が、しかし。
悠真と灯華の視線の先には、先ほどよりも小さくなった「影」は霧状に散り、再び異なる位置で形を再構築していく。その動きはどこか意志を持っているようだった。
悠真は冷や汗を拭う暇もなく、次の符を構える。
「略式では、効果は薄いようです。それとも、水気が問題でしょうか?」
灯華が冷静な声で答えた。
「影の動きが早い。封じるならもっと――」
悠真の呟きに灯華がハンディライトで「影」とその周囲を照らしながら答える。彼女の言葉が終わるより早く、影は再び膨張し、天井に迫るほどの巨体となった。
そんな影の様子を伺いながら、ふと、悠真が眼を細めながら、恐る恐る気づいた違和感を口にする。
「......廃校の妖異が不定形.....ってこと、あり得ると思います?」
不定形――ふていぎょう、ふていけい、どちらでも読んで構わないソレは、人ならざる者......妖異を表す一つの言葉。それが、人にとって「違和感」、「警戒」、「危険」。これらの三段階において「違和感」を与える程度の存在であり、文字通り「決まった質量的な姿・形」を持っていない妖異を指す。
一番多いのは、彼らの目の前にいる存在の通り、形無き影の姿であることが多い。
だが、
冒頭で述べているが。
これは、かの有名な「廃校の怪談」となっている場所である。
そして、悠真・灯華――祓い屋が呼ばれる事案である。
その要因・原因となる存在が、果たして低位の不定形であろうか?
悠真がハンディライトを持ったまま棒立ちになっている灯華に肩越しに目線を送ると、案の定そこには微妙な顰めた顔をしている相棒。
「......無いと思う。情報の写真とも違うし」
「ですよね......」
悠真が再度、上着のポケットから新たな符を取り出そうとするタイミングで教室の外の廊下より「ドタドタドタッ」と木造の廊下を駆ける、複数の慌ただしい音が聞こえてくると、教室のドアが勢いよく開き、珍奇な姿をした5名からなる人の一団が現れた......。