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40年前の恋人 との 再会 (最終話)

彼女のしっかりとした恋愛観と結婚観

今の御時世、或いは当時からそうだったのかも知れませんが、恋愛と結婚は別のものと捉えるのが一般的だと思っていました。
しかし、美沙子さんは高校卒業時点では、かなり結婚についてしっかりとした考え方を持っていました。彼女の考えは、結婚を意識しない恋愛は、不要ということだったと思います。

文通をしていても、そういった考えは文面を通して伝わって来ていました。
一方のたろうは、自分の進路も確定していない浪人生ですから、結婚そのものを意識することは、無理だと考えていました。

たろうは、東京に出てからも特に恋愛はしていません。苦学生ならではの仕事と勉強の両立がやっとのことでしたから。小さな御縁は幾つもありましたが、何の進展もないものばかりでした。
父親は特にたろうの進路に反対でした。親が出した条件は、デザイン方面に行くなら、支援は一切しないという厳しいものでした。たろうは高卒後1円も支援を受けること無く仕事と奨学金のみで生活をしていました。それでも、二十歳で中型バイクを、二十一歳で大型バイクを新車で購入するほど、食費を削ってお金を貯めて趣味には没頭していました。夜勤の建設関係のバイトもしていました。

労働とバイク、そういう青春でした。
そして、文通は続いていました。

しかし1年以上たっても、進路(職業的な)に対する希望が見えてきませんでしたから、膠着状態が続いていたと思います。また、正式な別れを手紙で結論とすることは出来なかったのでしょう。

彼女が最後に東京に来てくれたのも、「別れ」という結論を出す為のものでした。最終確認みたいなものだったのでしょう。

何も成し得ず故郷に戻るという選択肢は たろうにはありませんでした。

正解だった終止符

しかし、今回の再会で 彼女の半生について話を聞いている限り、たろうを見切ったことが、彼女の人生に幸福をもたらしたことは間違いないと思われました。

双方にとって、それは、すごい救いでした。
彼女は、自分の考える理想の結婚に到達出来たと思われるからです。
それも、最終的には恋愛関係からの結婚になったようでしたから、尚良かったのではないかと思いました。

彼女にとって、この再会は、別れを決断した自分が正しかったことを確認する意味があったのだと思います。たろうは最後は農業者になっている訳ですから、そこは逆アピールポイントになったのではないかと思います。

生き方の相違が大きすぎて、結果的に上手くいかなかったのではないか、という「答え合わせ」は出来たのではないでしょうか。

もしたろうが、自分の夢を地元に戻って追い求めるか、或いは地元で普通に勤めて生活するという覚悟があったなら、可能性はあったと思います。
だけど、たろうは、そういうタイプの人間とは程遠い性格だったのです。

堅実な男性 と 危なっかしい男性

結婚の条件とは、性格の相性が大きな要素でしょうけれど、それ以前に きちんとした定職だったり、しっかりとした資産だったり、親との同居の有無だったり、他にも身体的特徴、身長とか頭髪とか、様々な「条件」に適うことが大事だと言われます。

恋愛感情的な要素より生活環境の安定を重要視するのは当然です。
一般的には、人物の堅実さとか誠実さが大切だと思います。

たろうはどちらかというと対局にあるタイプだったのではないかと思います。勤め人の頃も異動が多く9箇所の事業所を渡り歩きました。社命とあれば、どこにでも行きました。
また、独立起業してからは借金も多かったですし、仕事は365日するタイプでしたから、家庭を顧みないタイプです。ギャンブルはしないし酒も嗜む程度ですから、破綻的なタイプではないものの 安定感のある暮らしという概念からは程遠い人間です。

その部分の見極めは、美沙子さんにとって決定的だったと思います。

歳月を重ねた末に訪れた こころの平安

長い会話を終えて、たろうはちょっとした充実感を味わっていました。
彼女の人生はたろうを切ったことで良い結果になったことがハッキリと確認出来て、別れた後は、結婚を起点として充実の人生が拡がっていたことがわかったからです。

特に高校卒業後の2年半の遠距離恋愛期間が、彼女の時間を無駄にしたのではという罪の意識があったのですが、悪い想い出ばかりとはなっていなかったみたいで、そこから解放されたのは嬉しかったです。優しい嘘かも知れませんし、遠い昔のことなので、美しい想い出に昇華してしまったからかも知れませんけれどね。

再会前は、会って一体何の話になるのか、ほんのちょっとだけ気を揉みましたが、大変清々しい気分を味わう事が出来たのでした。

コンタクトを取ってきたのは彼女からでしたし、会う事に関してもメールでそれを言い出したのは彼女からだったので、そこまで心配はしていませんでしたが、黒歴史にはなっていなかったようで、ほっと胸を撫でおろしました。

別れ際のこと

食事処から喫茶店へ移動して、都合5時間弱の再会の時間も終盤にさしかかり、二人は車で駅前まで戻ってきました。

ロータリーで車を停めると、彼女が後部座席に置いてあった大きな紙袋を渡してきました。それは高級ブランド枕でした。
良い睡眠を取れることを願ってと言われました。
療養生活のことを思っての配慮でもありました。

あまりに意表を突かれた格好となり、ただただ感謝して受け取ることとしましたが、こちらは、何も準備していなかったので、内心、ああまたやってしまった と思いました。

思い返すと、いつも、こうした関係性だったように思います。
彼女は支える側視点で、たろうは、支えられる側にいるばかりです。

ちょっと長い握手をしながら何度もお礼を言いました。
何も準備していないたろうは、この期に及んでも、ダメ男でした。

その日の夜、帰り道の途中で美沙子さんからラインが来ました。
会えて楽しかったというコメントや、道中気を付けてという内容や、これからの人生、いろいろと大変なことがあると思うけど、がんばって乗り越えていってください、という内容でした。

そして、握手の時(分厚い手の感触が)とても懐かしかったとも書いてありました。当時、手を繋いで歩く機会は割とあったのでしょう。
たろうには、そういった記憶がありませんでした。

1週間に及ぶ故郷や静岡訪問の旅行から戻ると翌日は、病院の定期健診でした。この日は血液検査3本のみでしたが、旅の疲れが数値の悪化につながっていないか危惧していたところ、なんと免疫の値が、過去最高を記録して数値的な評価がとても良かったのが印象的でした。

旧友や家族との再会も含め、彼女との再会も、たろうのこころの治療にはとても良い時間だったことが裏付けられた結果だと思いました。


長いお話も、ここで終了としたいと思います。



こうして書いてみると、たろうは、今でも冴えない男だなと思います。
気が利かないとでも言いましょうか。

とことん たろうは 支えられる側の人間なのだ、と、未熟さを痛感する次第です。




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