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楽しいってどんなだっけ?


最近、心から楽しんでない。

楽しいことがないわけじゃないのに、
心の底から笑ってない。

いわゆる、爆笑ってのがない。
湧き上がるような喜びがない。

でも記憶にある子どもの頃の私って
テンション高めの陽キャでこそなかったものの
なんてことないことで爆笑して、お腹が捩れるほど、涙が出るほど笑ってたはず。
おちゃらけたり、人が笑ってくれるのが好きだった。



そうそう、私ってそんなだった。

そしてそんな私のこと、けっこう好きだった。


そんな軽く楽しめてた、けらけら笑って楽しそうな私ってどこに置いてきちゃったんだろうかと、普段なら『大人になったからでしょ』、『周りの大人もそんな感じだしなぁ』とスルーしてしまいそうな気持ちを深堀りしてみることにした。


それは、私が大人になって笑える物事の見方やレベルが変わったからじゃなくて(そういうのも多少あるかもしれないが)、

いつからか楽しむことに対して、
罪悪感を抱くようになった

のが大きいのかなと思う。


誰かに楽しむな、笑うなと言われた訳じゃない。
きっと私が、私自身にかけてきた呪いのせい。


それは私が、どちらかというと周りの空気を読みすぎるところがあって、自分がこの空間の平穏を保たなければ、どうにかしなければと勝手に背負い込んでしまう気質があるのも関係しているかもしれない。



私は3人姉弟の真ん中で、いつも喧嘩の仲裁役。

お父さんは、面白くてたくさん遊んでくれたが、怒ると怖くて、外で仕事していたのもあって疲れて帰ってきた時は理不尽に怒られたなぁと感じることがあった。

お母さんは、専業主婦で「お父さんは疲れてるから静かにしなさい!」とよく怒っていた。子どもが思うようにならないとヒステリックに怒ることもあった。


そんなこんなで、こども心に『どうやら両親は子どもたちが楽しんでいる(賑やかだ)と疲れるらしい』と考えた。


こんなにお父さん、お母さんが大変そうなのに
私が楽しんでちゃいけないよね。

たくさん迷惑かけてるのに申し訳ない。

だから、私は楽しんじゃいけない。

苦労もせずに、簡単に幸せになっちゃいけない。

お父さん、お母さんより幸せにならないようにしよう。

お父さんお母さんのために、私が大人しくしてよう。


って思考回路だったと思う。

今、親になった大人の目線で見ると「違う、そうじゃない」感がすごいが、子どもの頃は両親に笑顔でいて欲しい一心で、自分が変われば笑顔になってくれると信じてとんでもない勘違いを起こすらしい。

大人になって冷静に考えると、両親は子どもの関係のない場所での出来事だったりプレッシャーだったりで
、疲れたりしんどくなったりもするんだと理解できるが、子どもの頃の私は、私が大人しくしていることが両親の平穏、幸せに繋がるんだと本気で思い込んでいた。


そして、私が楽しまないように自分を抑圧しているせいで、私自身の子どもたちが自由過ぎるともやもやする。

幸せそうに笑っているだけだとこちらも幸せな気持ちになるのに、きゃあきゃあ賑やかにしだすと途端にもやもや。

「そんなに騒ぐといけない!」

って頭の中の警報がびーびー鳴り出す。
たとえそれが迷惑にならない場所だったとしても。


子どもができてから特に、何も考えずに楽しめなくなったと感じるのは、沈んでた苦しい勘違いが表面化してどうにかして欲しかったからなのかもしれない。
(両親に迷惑をかけてしまったと感じる時、特に楽しんじゃいけない病が出てくる)


その他、人の目を気にしたり周りの人の普通を基準にしたりして子どもみたいに楽しめないっていうのもあるかもしれないが、私の場合の大元は両親のためにって言うのが大きいと思う。


その証拠に、大人になってからも自分が楽しんでいるときの両親の反応を気にしてしまう部分がある。
同じように楽しそうだと、嬉しいよりもほっと安心する気持ちが強いし、自分の方が楽しんでいると申し訳ない気持ちになる。

こんな勘違いを握りしめてたから、無条件に楽しめなかった訳だ。

職場でも、「落ち着きすぎてる。年齢サバ読んでない?(笑)」なんて言われる始末。



いつの間にか、両親の前でなくても大人しくしてないといけないんだと勘違いは加速していったらしい。



でも 気付けたからこそ、
勘違いだったってこと教えてあげられる。





私、楽しんでいい。

思いっきり笑っていい。


私が楽しむことが、
だれかの不幸せになることなんてないから。




思い出して。
水が跳ねるだけで面白かったよね。
目が合うだけでも噴き出して笑ってた。

そんなんじゃ笑わないよ、何が面白いの?
なんて、達観した冷めた目で見てるときも
本当は一緒にはしゃぎたいって
思ってること、知ってる。

『今までの私のキャラじゃない』なんて

それがどうした。


いっぱい笑っていい。

軽やかに、

お腹の底から

笑っちゃっていい。




ああ、きっと私の子どもたちも母親である私が笑顔だったら安心するんだろうな。



でも、

笑顔でいなきゃ、

じゃなくて『笑顔でいていい』。


無理に笑わなくてもいい、

けど、もう笑うのも楽しむのも

我慢しなくていい。


私には、笑うことにも楽しむことにも
ちょっと練習が必要そう。


子どもの頃みたいに楽しめたら、笑えたら、

それってすごく【いい感じ♡】なんだろうな。



『私の中の小さなわたし』は、

少しずつ、本当の親離れ中。





まとまりのない文章ですが、最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。



みなさんの毎日に、優しさが溢れますように。



Ao(あお)

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