デッサンやろうぜ

Twitterでは言えない、デッサンやろうぜ!

タイトルはEテレさんの「昆虫凄いぜ!」をオマージュしております。
Eテレさんの番組は時々ツイートしていますが、専門分野オタクの内容が多くとても感銘を受けます。

改めまして我々クリエイター職は、その道のオタクであります。
日々Twitterを見てると色んな絵がTLに表示されますが正直デッサンが狂ってる絵やデザインとして成立してないものが多いなーと思う事があります。逆に絵として完成されているものが流れてくると眼福眼福とリツートしたくなりますし、しています。
逆に狂ってると、口出ししたくなるので、なるべく見ないようにしています。頻繁に流れてきたらミュートします。アマチュアならばまだしもプロだったりするので残念でなりません。

実はデッサンが苦手なイラストレーターさんが多い

パースの混同、滅茶苦茶な光の方向、影の付け方、構造を理解していない。
レイアウトで言えば本文のポイント数がちぐはぐ、リードコピーのポイント数が統一されてない、なんて見るに耐えないでしょう。それと同じです。ヘタウマ系は味があれば成立しますが、リアルテイストだと目も当てられません。

また、イラストレーターになるのに美大は不要とかデザイナーになるには美大が不要という根拠なき主張も同時に出てきます。
昆虫凄いぜ!のカマキリ先生は昆虫の絶滅を危惧しておりますが、私はこの風潮に物凄い危惧を覚えております。


少なくとも私の経験と周りにいたデザイナーやイラストレーターは子供の頃絵に関しては神童でした。小中学校の時は賞を総なめ。高校の頃は美大を目指してデッサンを学ぶ。それが私が見た景色です。
私の場合は中学生の頃まで絵に関しては天狗になっていて高校の時の親友に出会って鼻っ柱をへし折られました。こんな絵が上手いやつがいるんだと。それまで漫画かイラストで食べて行くことを夢見ていましたが、そいつとの出会いで完全に諦めました。
イラストレーターには、そんな人がゴロゴロいるんです。それでも日の目を見る事がなく努力し続けています。

現役受験生の時は東京造形大学に合格はしましたが、当時は山の中。授業料を稼がないとならないので往復5時間の通学時間があって断念。代ゼミの造形学校に入り次年武蔵野美術大学の視覚伝達を目指しました。
ここでも世の中の広さに驚きました。美術に関しては5以外取ったことはなかったのに、ここでは完全に3レベル。浪人してる癖に皆デッサンが滅茶苦茶上手い。
結局浪人しても武蔵美の20倍近い倍率を突破する事は叶わず専門学校へと入ります。

社会に出てイラストレーターさんと仕事をする事も当たり前になって実務で経験して嫌な事は「デッサン狂ってるから直して」という事です。こちらはデザインのプロですが、相手は絵のプロです。それにダメ出しをしなければならないのは超絶に面倒で嫌なことです。意図があってやってる場合もありますが、伝わらないならまるで意味がありません。
カメラマンにピンぼけだから再撮って言う位しんどい事です。
ラフでは良かったのに着色してデッサンの狂いが出てきた場合は納期にも影響がでかねません。当然ながら次はありませんでした。

漫画家で言えば、SLAM DUNKの井上雄彦先生、DEATH NOTEの小畑健先生、DRAGON BALLの鳥山明先生も美大など出ていません。このような巨匠とも言える人たちが美大でなくても出来るよ、って言うのと狂ったデッサンを平気な顔して公開して美大なんて必要ないよ、はまるで意味が違います。

デッサンはデザイナーにしろイラストレーターにしろ必須の技術であり教養です。ものを観察して描写する。デザイナーは直接絵を描く事から離れますので描写力は落ちていきますが身につけた観察力は一生モノです。
観察したものを分解して言語化して記憶する。それがデザイナーやイラストレーターの引き出しになっていきます。
小説などの言語のワールドで言えば語彙が増えていく、良い物を読んでない人が良質の言語のエンターテイメントを作れるわけがないのと同じなのです。
日常的に観察する習慣もつきますので街のポスターやディスプレイも参考にして引き出しになっていきますが、観察力は他にも活用できます。
例えばデートの時に彼女が着てる服が新しい事に気づける、化粧を変えたことにも気付ける。褒めるネタが増えるという実生活にも役に立つ能力です。

イラストは記号である

多くの場合写真ではなくイラストを使うのは伝えたい事をシンプルに表現するケースが多いです。予算の問題でってことも当然ありますが。
記号にも関わらず例えば見えるべき5本の指が描かれてない、これ論外です。角度で見ないのはいいのですが、あるべき指が描かれてないと、違う意味になってしまいます。(行政の仕事だと何がなんでも5本描いてってケースもあるようです)
西洋系の人が全て金髪青眼ではありませんが、伝えたい内容が西洋系の人であるならば、日本人には金髪や青眼が伝わりやすいでしょう。これがイラストが記号である理由です。
ビジネス向けならば同じ記号でも、固めや顔無しのイラストになったり、シンボルにテイストが振られていきますが、基本は同じです。

デザイナーになるには美大は必要か?

著名なデザイナーの経歴を見れば一発で理解できますが、多くが有名美大→大手代理店や制作会社を経由しています。
イラストレーター以上にデザイナーの客観的評価は難しく、大きな案件は大きな代理店が独占してるのが現状です。大きな仕事をして良いギャラを得るには美大は必須だと思って間違いありません。当然デッサンも重要になります。
平成の初期私がそうであったように労基法を無視して激安で採用されてデザイナーになる道があった、という時代ではありません。恐らく今だとDTPオペレーターとして採用されても本当のいちから手掛けるデザイン職は専門学校出身だと厳しい気がしてなりません。
肌感覚ではありますがアナログからデジタルになってデザイナーの生産性は5倍以上にあがりました。つまり平成初期までは5人必要だったのが1人で良いわけです。デザイナー職にありつけなかった人がオペレーターとして働きますが、デザイナーからオペレーターになることはあっても逆は難しいです。なので今後デザイナーを目指す学生さんは美大を目指さないと面白い仕事にありつけないと思ったほうがいいと思います。


イラストレーターになるには美大は必要か?


イラストレーターも名乗った日からイラストレーターです。なので資格としては必要要件にはなりません。しかし、才能が集まる状態で切磋琢磨する状況が役に立たないはずがないと思っています。絵の勉強を当たり前にやってる人たちの中で当たり前を学ぶ。必要でないかも知れませんが、決して損にはならないと思います。
最近TLで独学で学んでいるなんて話が出ていますが、簡単に他人の作品が見るSNSがある現代ネットに繋がってる状態じゃ独学とは言い難いです。他人が頑張ってる姿勢までSNSで見る事ができます。ならばオフラインで頑張ってる仲間を見つける方が刺激になります。
また基礎的なデッサンを完全に独学は難しいと思います。何故ダメなのかを指摘してもらう、言語化して説明してもらうのは圧倒的に早道です。
また、美大に入って得られるのは技術やセンス仲間だけではありません。在京3大美大と言われるタマビ、ムサビ、造形大ならば後に大手代理店、印刷会社に就職する人が多いです。そこでの人脈は一生モノです。
残念ながらデザインやイラストの専門学校では、この人脈は得る事ができません。日本は中国のように華僑で出身地で信頼し助け合うような文化はありませんが、学閥は未だに大きいですし社会に出る前に作れる人脈は大きいです。
大きな案件を手掛けたいならば、相手は有名美大卒のディレクターです。デッサンの狂いがあれば端から相手にされないって頭の角にあった方がいいと思います。
私が知るある実力派のイラストレーターさんは毎日の反復デッサンをやっています。そして翌日にデッサンを確認する、という事で自分の力を確認していたりします。凄腕でも翌日に冷静にならないとデッサンの狂いを見落とす事もあるとか。

デッサンは退屈で成果がなかなか見えないものです。
だからこそ、ここをきちんとやっておけば一生モノの財産となります。
簡単に上手い絵が描けたり、仕事が取れるなんて道はありません。アナログ風のヘタウマっぽい絵なんて誰でも描ける=競争率の高い仕事なのです。単価が低くて引き受け手のない仕事って著名なクライアントの仕事だってあります。だけど、それじゃ生活が成り立たないから空きが生まれる、いわゆる打席が回ってくるのです。そんな仕事は基礎がなくても出来るかも知れませんが次がありません。ストックイラストが、このような仕事を埋めてくるのは確実です。何故なら安いから。
向こう数年でクライアント案件は単価がそこそこ高く、かつ難しい仕事中心にシフトしてくるはずです。基礎が無い人は淘汰されます。

なので、稼ぎたいならデッサンやろうぜ!って事なのです。

画像出典:William Andrew Loomis(著作権終了)

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