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森 摂:外形のガバナンス/内面のガバナンス/「5つのP」がカギ握る

ESGの重要な柱を形成するガバナンス。その共通の指針として、日本でもコーポレートガバナンス・コード(CGC)が策定されてから7年が経った。2021年6月には2度目の改訂を経て、上場企業にさらなる組織改革や情報開示を迫る。だが、CGCが可視化できるのは「外形のガバナンス」だ。それと同等以上に「内面のガバナンス」が重要だ。(オルタナ編集長・森 摂)

■ガバナンス・コードは1992年に英国で生まれた

コーポレートガバナンス・コード(CGC)を世界で初めて導入したのは英国(1992年)だ。その後、ドイツ、フランスなどのEU諸国のほかシンガポール、香港なども追随した。日本では東京証券取引所(東証)と金融庁が日本版CGCを策定し、2015年6月から上場企業に適用した。

そもそも、英国でCGCが生まれたのは、他国と同様、相次ぐ企業不祥事や企業破たん、経営者の高額報酬などに対する批判が高まったからだ(「英国コーポレートガバナンス・コード改訂と日本への示唆」日本投資環境研究所の上田亮子主任研究員)。

その前年、ロンドン証券取引所や会計士団体などによってエイドリアン・キャドバリー卿による委員会が設置された。

そのキャドバリー報告書がCGCの原点だ。当初から「コンプライ・オア・エクスプレイン」(順守せよ、さもなくば説明せよ)の原則も盛り込んだ。これは企業が順守すべき規範は、企業の規模や成り立ち・背景によって大きく異なるため、企業の自主裁量に委ねたという背景がある。

もともとCGCは「ソフトロー」の側面が強い。法的拘束力をともなう「ハードロー」と違って、ソフトローは順守しなくても法的な制裁はない。しかし、ソフトローは「社会からの要請」そのものであり、その要請に応えられなければ、 投資家や株主も投資に二の足を踏む。投資家の背後には市民社会があり、投資家も社会の要請を無視して投資を続けることはできない。

日本では英国から20年以上遅れてCGCを導入したが、意外にその順守率は高い。東京証券取引所によると、 2021年6月に改訂したCGCへの対応状況(同年12月末現在)は、東証1部企業(現在の東証プライム市場、当時では全83原則のうち、改訂前の67原則)で順守する企業が9割を超えた。

2022年4月からのプライム市場移行に伴い、「プライムに残るためのツール」として、CGCは日本の上場企業に浸透したと言える。だが、これだけで日本のガバナンスは向上したと言えるだろうか。

■ガバナンスとは「舵を取る」こと

そこで避けて通れないのは「ガバナンスとは何か」という、古くて新しい命題だ。ガバナンスは一般に「企業統治」と訳すことが多い。だが、果たして企業は「統治」すべきものなのだろうか。

ガバナンスの語源はラテン語の「guberno」で、その原義は「(船の)舵を取る」ことだ。つまり、「統治すること」が目的ではない。船の行く先(企業にとってのゴール)を見定め、天候(社会や経済)の変化を察知し、船員(従業員)に伝え、目的地に着くことである。その結果として、組織が安定する。

この視点がガバナンスの議論に欠けていることが多い。CGCが可視化できるのは、独立社外取締役や女性役員の比率など、あくまで企業の外形的な要素であり、内面的な視点が日本では弱い。

例えばダイバーシティの問題がある。そもそも、企業個別のダイバーシティを論じる前に、日本社会のダイバーシティが遅れている。日本の国会議員に占める女性の比率はわずか15・4%(2022年参院選後)であり、スウェーデン、ノルウェー、ドイツなどの4割前後に大きく後れを取る。

最近、話題になることが多い「ジェンダーギャップ指数2022」(世界経済フォーラム調べ)も、146カ国中116位と、暗澹たる状況だ。同指数の「経済」「教育」「健康」「政治」の4分野のうち、特に政治が139位と最下位レベルで、経済も121位と低迷している。

そこで重要なのが、組織や経営層、従業員の「内面的ガバナンス」だろう。個々の意識が変わらないままでは、組織の変革は難しい。

企業のガバナンスに詳しい郷原信郎弁護士は、組織の不祥事を「ムシ型」と「カビ型」に類型化した(18ページ参照)。その内面的要素としては、経営者が社会的名声を得たいがための功名心、金銭(報酬)に対する執着、取締役会における人間(主従)関係などがあろう。

■「2年以内に退職」Z世代の40%に

経営者と従業員の心理的な距離感も、「内面のガバナンス」において重要な要素だ。従業員が、組織の存在意義(パーパス)を心から理解し、共感しないと、モチベーションは上がりにくい。グローバルな傾向でも、「ミレニアル世代」「Z世代」以降は、上の世代に比べて、組織に対する忠誠心は低い。

デロイトが世界42カ国で調査する「ミレニアル年次調査2022」によると、「2年以内に離職する」と答えた比率はミレニアル世代で24%、Z世代は40%に達した。「5年以上企業に留まる」と回答したのはミレニアル世代の38%、Z世代の23%に過ぎなかった。

そこで問われるのが取締役同士、取締役と従業員間、従業員同士の「信頼」だ。20年以上に渡って「トラスト(信頼)バロメーター」調査を続けてきた米PR会社エデルマンによると、この数年、日本の組織や社会に対する信頼は、下降傾向にある。

同調査(2022年発表)は「政府」「企業」「メディア」「NGO/NPO」に対する 信頼度をスコア化している。日本企業は48%、日本政府は36%、メディアは35%で、いずれも低迷している。一方で、日本のNGO/NPOは上昇傾向にあり、41%と、政府とメディアを抜いた。

■「パーパス」は米国から浸透

本記事では、「内面のガバナンス」で重要視するべき「5つのP」を掲げたい。

①パーパス(存在意義)

②サイコロジカル・セイフティ(心理的安全性)

③プライド(自尊心)

④パーソナル・アイデンティティ(個人の主体性)

⑤パーティシペーション(参加意識)

パーパスはオルタナ別冊「72組織わがパーパス」(2020年3月発行)で詳報した通り、まず米国企業に浸透した。そのきっかけはリーマン・ショックだ。「ハーバード・ビジネス・レビュー」(2019 年3月号)で、ロバート・E・クイン・ミシガン大学名誉教授は次のように解説した。「2008年に大不況(リーマン・ショック)が起こり、米エネルギー大手DTEエナジーの経営層は、従業員たちをこれまで以上に仕事に集中させなければならないと考えた。(中略)DTE社のジョー・ロブレス取締役(当時)は、 リーダーの最も重要な仕事は『人々とパーパスを結び付けること』だと考えた」

パーパスのほかビジョン(あるべき姿)、ミッション(使命)、バリューズ(価値観)など、この30年ほどで多くの概念が提案された。パーパスは、これらの要素と決して矛盾するものではない。

むしろ、「パーパス」は企業にとっての「原点」と考えれば良いのではないか。「なぜ私たちの企業・組織が社会に存在しているのか」「私たちの企業・組織が無くなれば、社会は困るのか」という命題がその原点だ。

パーパスも、ビジョンやミッションと同様、従業員と企業/ブランドを結び付ける哲学であり、ツールだ。近年、日本で「パーパス経営」が注目されるのは、日本でもパーパスを従業員と共有すること高める動きと捉えてよい。

IIRC(国際統合報告評議会)は2019年、「パーパス&プロフィット(利益)」という小冊子を出した(17ページ参照)。IIRCは企業の財務情報と非財務情報、いわゆるESG(環境・社会・ガバナンス)情報を統合したレポーティングのフレームワークを開発している国際団体である。

財務情報が容易に数値化できるのに対し、非財務情報は数値化や定量的な把握が難しい。そこで、IIRCは企業の社会的目的や長期的な方向性を「物語」として情報開示(ストーリーテリング)することを推奨している。

■「パーパス」が収益を後押し

そのストーリーテリングの中核に置くべきなのが「パーパス」であり、それが十分に機能すれば、その企業の長期的な収益性を後押しするというロジックだ。

実はこの「パーパス&プロフィット」は、前年まで、「パーパス・ビヨンド・プロフィット(利益を超えた存在意義)」というタイトルだった。これは日本の大丸(現在のJ.フロントリテイリング)などに伝わる「先義後利」と軌を一にする。先に社会に貢献すれば、利益は後から付いてくるという考えだ。

2つ目の「サイコロジカル・セイフティ(心理的安全性)」は最近、マネジメントの世界でも多用される言葉だ。一般社団法人チーム力開発研究所の青島未佳理事は、心理的安全性について、「従業員のやる気や離職率だけでなく、取締役会運営の健全化においても、その重要度は増している」と説明する。

世界的ホテルチェーンの「フォーシーズンズ・ホテルズ&リゾーツ」では、新入社員を迎えると、先輩社員たちが取り囲み、目をつぶらせる。そして、どの方向に倒れても先輩社員たちが体を支え、自分は守られていると実感してもらうトレーニングがある。

3つ目の「プライド」は、不祥事の防止に有効だ。とかくビジネスにはグレーゾーンが多い。そんな時に「やってはいけないこと」を判断し、上司に具申できるかは、プライドの有無が大きく左右する。個人としてのプライドはもちろん、組織自体にプライドがあるかどうかも問われる。

4つ目の「パーソナル・アイデンティティ(個人の主体性)」は従業員のモチベーションに直結する。自らのアイデンティティを高めることで、承認欲求を満たす機会を増やすことができる。それがプライドにもつながる。トヨタ自動車でTQM推進部長などを務めた古谷健夫氏の著書『お客様の満足を高めるSDCA』によると、トヨタの元品質担当副社長の佐々木眞一氏の著書『トヨタの自工程完結』で、「八百屋の親父はなぜいつも元気なのか」という一節がある。

「八百屋の親父は、やたらとモチベーションが高いのです。元気がいいし、楽しそう。(中略)毎日、野菜を売るだけなのに、どうしてあんなに楽しそうなのか。それは、仕事の良し悪しが目の前のお客様の態度でわかり、期待に応えられていることを実感できるからではないか」

5つ目の「パーティシペーション(参加意識)」は、言うまでもなく、組織のチームワークに不可欠だ。結局、職場とは、人と人が支え合って、何らかの価値を生み出す場所だ。そこにはAIにはない「共感」が大きな要素となる。

〇記事の出典  オルタナ本誌70号(2022年9月30日発売)

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