冨久岡ナヲ:「イギリスの最新不動産事情:住み替えニーズ活発化するも問題が山積」
イギリスは、世界に先駆けてスタートしたワクチン接種のおかげで、2021年の春には新型コロナウイルス感染症の重症化率および死亡率が劇的に低下した。簡易検査キットが無料配布され、職場では毎日、学校では2日おきに簡易検査が行なわれているため陽性者数自体は依然として多いが、医療現場への逼迫は免れている。一方、不動産業界でも、7月19日のロックダウン解除を受け、ディベロッパーによる新たな住宅開発が活発化すると思われたが...実は工事はさほど進んでいない。今回はその背景を解説する。
<売り物件の在庫尽きる。新規開発諦める事業者>
イギリスではロックダウン解除後、マスク装着などを含めた感染拡大防止に関する規制のほとんどがなくなり、まちはしばらくおあずけだった実店舗での買い物や飲食を楽しむ人で溢れかえった。20年3月以降3度発令されたロックダウンを経て、自宅勤務はすっかり普通の働き方として定着し、物価が高く狭苦しい都会を離れて郊外や田舎へと移住する人がひきもきらない。英国人は、築100年から150年くらいでよく手入れされた状態のよい古い家を最も好む。コロナ以前は人気のなかった地域にまで人が流れ込み、このような売り物件の在庫は尽きてしまった。
一方で、古い家を売った高齢者はもう少し小さい家に住み替えようと新築の戸建てやマンションを探すが、そうした物件も供給が不足している。このような状況を見た不動産ディベロッパーは、コロナ以前から企画していた新住宅開発を急いで始めようとしたが、計画はなかなか前に進まない。建築資材は今、国際的な品不足により値上がりが続いている。イギリスにもコンクリート、断熱材、鉄鋼、木材などが入ってこない。去年は海上輸送用コンテナの不足により世界各地で物流が滞っていたが、パナマ運河でのコンテナ船座礁事故がそれに輪をかけた。資材を運んでいたコンテナ船が多数立ち往生し、ロックダウン解除により再開しかけたさまざまな工事がまた次々と止まってしまった。そして、なんとか資材を入手できたとしても、その価格は1年前よりも2割以上値上がりしている。需要と供給のバランスによるものでどうしようもないが、予算が膨れ上がり開発を諦めた業者も少なくない。
<ロックダウンの影響で、建築資材を運ぶ人材も不足>
不動産業界にとってもうひとつの打撃は、やっと港に到着した資材を建築現場まで輸送する運転手がいないことだ。多くの報道では、イギリスがEUを離脱しEU国籍の運転手が多数母国に帰国した
ことを理由に挙げているが、正式にEUを離脱した20年1月以降もEU国籍の運転手の7割が滞在登録をし、イギリスに留まったとされており、EU離脱の影響はさほどではない。では、本当の理由は何だろうか。ロックダウンが始まり外出が禁止されたことで宅配需要が劇的に増加した結果、離脱前ですら不足していた運転手がさらに必要になった。このため給与が上がり、スーパーなどでは転職ボーナスまで出して人手の確保に努めたので、コロナ失業者だけでなくたくさんの人が新たに大型自動車免許の取得を目指した。ところが、イギリスで運転免許を発行する機関であるDVLAがロックダウンから1年以上、ほぼ完全に閉鎖してしまったために、4万件もの免許審査が滞っている。しかも試験官たちは報酬値上げを要求しストライキ中。運転手が増えない最も大きな原因はここにある。このような事情が複雑にからみ、建設現場は不安定な状況が継続して住宅の工事もなかなか進まない。11月に入って物流の状況は徐々に好転してきてはいるが、終わりはまだ見えない。
<住宅売買時にはグリーン度の証書が必要>
こうした厳しい状況下でも、建築・不動産業界には、新たな取り組みが求められている。それは脱炭素社会を目指す“住宅のグリーン化”のさらなる推進だ。ジョンソン首相は20年秋、コロナ後の社会と経済再建策を「グリーン産業革命」と名付けた。ネットゼロ社会を目指し10の野心的な目標を掲げる中、不動産・建設業界関連では、公共建物などに設置された石油焚きボイラーを28年までに、現在最も多くの住宅に設置されているガスボイラーを35年までに廃止すると発表。毎年60万台のガスボイラーをヒートポンプに交換する計画だ。しかし、1世帯当たりの負担額は1万ポンド(150万円)以上になる。その半額を国が援助する制度も設けるようだが、対象は低所得者のみ。それに、屋外に取り付けるヒートポンプのユニットはかなり大きい。スペースのないマンションや、保存指定で外観に何一つ新しい設備を取り付けられない古い建造物への設置は難しく、目標実現には問題が山積みだ。すでに住宅の売買の際には建物のグリーン度を示す証書が必要となっており不動産の価格にも影響を及ぼしている。ここにヒートポンプも加われば、評価基準はいっそう厳しくなりそうだ。どちらを向いても高騰や不足ばかりの状況で、住宅のグリーン化を急ピッチで進めることは果たして可能なのか問う声は多い。
月刊不動産流通2022年1月号掲載
(リンク https://shop.re-port.net/fudosanryutsu/202201)
<World View> 「住み替えニーズ活発化するも、建築資材の入手難で工事は遅延。グリーン化等のさらなる課題も」