英ジョンソン首相辞任したら環境政策はどうなる?
イギリスではジョンソン首相の辞任を求める声が高まっています。去年コロナ規制中に首相官邸で飲み会が行われたことが「パーティーゲイト」スキャンダルとして問題になっているのです。とはいえ、彼が辞任するとなると心配になるのはイギリスの環境政策のゆくえです。
パーティーゲイトとは
最近イギリスで連日のように話題になっている「パーティーゲイト」事件は、その名前の元になった米国民主党の盗聴事件ほどの深刻さはありませんが、首相を辞任に追い込むのではないかと言われるほどになっています。ジョンソン首相がそれを容認するどころか、自らが参加もしていたからです。
首相官邸の庭でワイングラスを前にくつろいでいるジョンソン首相夫妻が写った写真や、官邸スタッフに送られた「飲み物持参パーティ」の招待メールなど、次から次へと似たような情報がぽろぽろ出てきています。
パブ好きのイギリス国民にとっては、通常なら「たかが飲み会ではないか」と簡単にすまされるたぐいの話でしょうが、今回は特別です。なぜなら、このような一連の「飲み会」はコロナによる行動制限下にあった2020年の春夏に行われていたということが明らかになったからです。
当時、イギリス国民は不要不急の外出をしないように指示され、異なる世帯の2人を超える集まりは禁じられていました。その頃、外出やパーティーをしたことで警察に注意されたり、罰金を支払ったりした人たちもいます。さらには、行動制限のおかげで結婚式など重要なイヴェントをキャンセルしたり、コロナで亡くなった家族の死に目に会えなかったとか、葬儀にも参列できなかったという国民もいます。
後にわかったことですが、夫のフィリップ殿下の葬儀にエリザベス女王がぽつんと一人で参列していたその前夜にも官邸での飲み会が行われていたということがリークされ、国民の怒りはさらに増していました。
問題となっているのは「パーティ」そのものではありません。国民はコロナ規制で我慢をしてきたのに、首相官邸では特例が許されていたという「不公平さ」が強く糾弾されているのです。
イギリスは初期のロックダウンやデルタ株出現後の行動制限導入が遅かったことなどが理由で、コロナによる感染者数も人口当たりの死者数もかなり高く、コロナ被害は甚大です。その間、首相であったジョンソン首相のコロナ対策について不満を持つ人は多いのですが、だからと言って政府のコロナ対策の失敗の責任を取って辞任すべきという声は出てきませんでした。
けれども、イギリス国民はジョンソン首相が「フェアでない」行いをしたということについては許せないのです。この「パーティゲイト」スキャンダルでジョンソン首相の支持率は急降下し、これまでで最低の20%となっています。
ジョンソン首相が辞任したら?
ジョンソン首相の責任追及をする声は今や、国民や野党だけでなく、与党・保守党の内部からも出ています。保守党議員は自らの選挙区からジョンソン首相に対しての抗議が殺到しているということで、このまま彼が保守党リーダーとして残れば、党じたいの信頼も危うくなると考え始めているのです。
先日は保守党議員の1人が政府に抗議するため、労働党に鞍替えするという珍事も起こりました。これは日本で言うと、自民党の国会議員が、国会開催中に自民党議席を立って野党(立憲民主党や共産党)の席に移動するということになります。
このままジョンソン首相の辞任を求める声が続くようだと、その可能性もなきにしもあらずで、首相後継者は誰かという話も取りざたされるようになってきました。
とはいえ、イギリス政治の他の側面は別として環境政策の面だけで考えると、ジョンソン首相にはもうしばらく、総選挙が予定されている2年半後までは、首相として残っておいてほしい気もしてきます。パーティゲイトに限らず、首相としてふさわしい人物かと言われると、そうは思わないのですが。
ジョンソン首相はグリーンか
今年はイギリスでCOP26が開催され、ジョンソン首相も何かと表舞台に立って「グリーン」な立場を表明してきたので、日本でもその姿を見る機会があったと思います。それでは、彼はもともと環境問題に熱心だったのでしょうか?
ジョンソン首相の父であるスタンリー・ジョンソンは環境活動家であり、弟のレオはサステイナビリティ専門家で、彼は「グリーン」な家庭環境で生まれ育ちました。オックスフォード大学時代には彼は自らを「グリーン保守者」と呼んでいたそうです。
ロンドン市長時代にはロンドンの自転車政策に力を入れ、のちに「ボリス・バイク」と呼ばれるレンタル自転車制度を推進したり、自転車道を拡充したりもしました。
とはいえ、ジャーナリスト時代は環境問題に懐疑的な記事も書いており、彼が本当に「グリーン」なのかどうかを疑う声もありました。この問題に限ったことでなく、ボリス・ジョンソンという人は風見鶏的な面があり、その時々で自分にとって都合のいい意見を選ぶ傾向があるのです。
今現在ジョンソン首相が環境問題に熱心なのは、最近結婚した妻のキャリーの影響があるとも言われています。彼女は環境問題に熱心で、特に動物愛護やプラスチックごみの活動に従事しています。日本の捕鯨活動への抗議もしていました。
ジョンソン首相は2019年に首相になった時「イギリスは温室効果ガスを減らし、グリーンジョブを生み出し、気候変動問題を解決するために世界のリーダーとなる」と抱負を述べました。彼が率いた2019年の総選挙では、それまで労働党の牙城だった中部や北部の選挙区で初めて保守党議員が選ばれたところが多かったのですが、そういう地域にこそグリーンジョブを作りだすのだと約束したのです。
さらに、コロナによって2020年開催の予定が1年延期された英グラスゴーのCOP26議長国として国際的なリーダーシップを見せなければならないということもあったと思いますが、ジョンソン首相は環境対策に意欲的な言動を続けてきました。2035年までにイギリス中の電力をすべてクリーンエネルギーにするとか、2030年までにガソリンとディーゼル車の新車販売を禁止するなどです。
2021年11月のCOP26では議長国代表として首脳会合で各国のリーダーと議論したり、会議や記者会見で気候変動対策について精力的に発言して環境政策に熱心なところをアピールしていました。そのおかげで、彼が宣言した目標がどれだけ着実に達成できるのかは別としても、環境問題に対する野心と意欲だけはおおむね評価されていたのです。グレタには「べらべらたわごとを言っているだけ」と見透かされていましたが。
ジョンソン首相の後継候補は?
そのジョンソン首相が辞任したらどうなるのでしょうか?
前回の総選挙は2019年だったので、次の選挙は5年後の2024年の予定です。それより早い段階で首相が総選挙を決めることもありますが、現在の世論調査では保守党が負けることになっているので、それはしないでしょう。
イギリスの第1野党である労働党(リベラル左派)は現在、与党保守党を13ポイントリードしています。労働党の政策は日本で言うと共産党に近いかなという感じで、緑の党ほどではないですが、気候変動対策にも熱心です。でも、2024年まで保守党(右派=日本で言うと自民党)が続くとなると、保守党党首が誰かによって国の政策は決まってきます。
ジョンソン首相の後継者として名前が上がっているのはリシ・スナク財務相やリズ・トラス外相で、特にスナク財務相は人気があります。コロナ禍に従業員給与の8割を政府が支払うなどの経済救済政策を素早く打ち出して失業や貧困を救ったということで、彼に「救われた」と思っている人が多いのかと察します。
けれども、スナク財務相は経済やビジネスには明るく熱心でも、環境面となると不安要素が多いのです。これまで予算・財政に関する演説や会見で彼が環境問題について口にしたことは聞いたことがありません。
前回の予算発表では、国内航空運賃を減税したり、自動車燃料税を凍結したりといった、グリーンでない交通機関を推進する政策を導入しています。電車で行ける場所にわざわざ飛行機で行ったり、不必要な自動車利用を推進するような政策が緑の党や環境団体などから批判されたのも当然でしょう。
脱炭素化のために、家庭がガスボイラーをヒートポンプに変更する支援金を出すというジョンソン首相の提案をスナク財務相が退けたといううわさもあります。飛行機や車利用の税金は減らすのに、脱炭素プロジェクトのためのお金は出さないというのは優先順位がおかしいのではないかと思います。
そもそも保守党はおおむね、伝統的なビジネスや経済成長を推進する業界寄りで、気候変動対策に熱心な議員が比較的少ない傾向にあります。その中では、ジョンソン首相はまだましな方だったのです。そのジョンソンが辞任して、典型的な保守党議員にとって代わられたらどうなるのか?
COP26も終わってしまった今、この分野でイギリスが国際舞台に立つ機会も少なくなってくるし、環境問題に熱心なEUからも離脱したことで、他のEU諸国と歩調を合わせる必要も少なくなりました。これからイギリス政府の環境対策がどうなっていくのか、後退してしまうのではないかと少し不安になってきています。