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イギリスの都市計画制度

共有財産としての景観をみんなで守る

イギリスでは新築はもちろん、建物の増築、改築、また用途変更のときにもいちいち都市計画許可を取らなければなりません。たとえば、勝手に衛星放送のアンテナとか看板をつけることができないし、それまで住居として使っていた建物をお店として使うときにも許可が必要です。

自分の所有物なのだから勝手に変えてもいいのではないかとも思いがちですが、どうしてそんなに規制が厳しいのでしょうか。

都市計画許可 Planning Permission

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イギリスでは最近「コンサーバトリー」と呼ばれるサンルームを取り付けることが流行っています。道路からは見えない、家の裏側に建てるもので、小さななものがほとんどです。

けれども、このような小さなものでもイギリスでは都市計画許可 Planning Permission (プラニング・パーミッション)が必要になります。建築基準法におけるBuilding Regulationsの許可ももちろん必要です。

もし、都市計画許可を申請せずに勝手に建築物を建てたり増築をしたりすると、せっかく建てたものを取り壊さないといけなくなったということもあります。

たとえば、こういう実例がありました。

DIYが得意な人が都市計画申請(Planning Application )をせずに自分で家の裏側にウッドデッキを建てました。けれども近所の人がそれを見つけて、市役所の都市計画課に報告しました。

このような場合、建てた人に都市計画課から連絡があり、建築後申請をしなければなりません。仕方なく申請したものの、近所から反対意見が出ました(ウッドデッキを見つけて報告したご近所さんかもしれません)。

反対意見があったからという理由だけではなく、様々な観点から都市計画申請は審議されるのですが、結局この申請は許可されませんでした。

その結果、せっかく建てたものを取り壊さなければならなくなったのです。労力もお金も無駄になってしまうという残念なケースです。

保存地区と歴史的建造物

実は、上記した例は普通の住宅街の話なのでまだ制限がゆるいほうです。反対意見がなかったら、ウッドデッキも申請が許可されたかもしれません。

でも、規制がもっと厳しいエリアもあるんです。たとえば「Conservation Area(コンサベーション・エリア)」と呼ばれる保存地区内では、建物の外観などを変えることなどについて厳しい制限があります。

古い木製の窓枠を樹脂などの新素材で2重窓にするという工事はイギリスではよく行われています。けれども、保存地区内ではこのような改善工事でも、景観を損ねるということで問題になることがあります。

また、保存地域内では自分の敷地内にある樹木でも勝手に切ってはいけないことになっています。樹木も保存地区の重要な構成要素の一つと考えられているからです。樹木を切る、またはせん定するとなったら、該当する地方自治体の都市計画課にその旨許可申請して、許可をもらわないといけないのです。

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さらに、1軒1軒の古い建築物を対象にする「Listed Building(リスティッド・ビルディング)」と呼ばれる制度もあります。これは、歴史的・建築的に特別な価値がある個々の建造物を保護するのが目的です。

この制度の対象となる建築物については規制がさらに厳しくなります。建物の外だけでなく外からは見えない内装を変えるのさえ、厳しい審査を通り抜けなければならないのです。

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どうして規制が厳しいのか

日本では所有者が自分の不動産に何をしようと勝手ではないかと思われがちです。なのでイギリスのこういう厳しい規制には戸惑ったり、納得いかないと思ったりする人もいるかもしれません。

もちろん、イギリス人の中にも自分がしたいと思った改築や用途の変更ができなかったりする場合に不満を持つ人もいます。でも、大体の人はこういう規制は必要だと受け止めています。

これはイギリスに限らずヨーロッパ諸国で共通する認識です。このためにヨーロッパの町や村は美しい景観が保たれているのです。

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いくら個人が所有しているといっても、外から見える建築というものはプライベートだけでなくパブリックの側面を持っています。外から見える部分は周りを配慮してデザインされるべきだというのが共通の見解です。

自分が好きなら奇抜なファッションをして家の中をピンクだらけにしても勝手。でも、コミュニティーの中で暮らしている以上は騒音を立てたり、ゴミを家の外に捨てたりしてはルール違反ですよね。それと同じこと。

せっかく通り一面の建物が調和しているのに、その中の一軒だけ「目立ちたいから」「他とちがう家にしたいから」といって外壁一面をピンクに塗ったりするのはどうでしょうか。

別にそれは新築でも周りとまったく同じ古いデザインで建てなければならないというわけではありません。新しい建築スタイルでも、そのサイズ、建築素材、ディテールなどを考慮して景観を構成するのにふさわしいものをデザインするべきだと考えられています。

そして、イギリスで街を歩いていると、そういう実例を見つけることがあります。そんな時、私はそういう建物をデザインした現代建築家に拍手したくなります。

本来ならそれと気がつかないくらい、まわりにとけこんでいるというのが名建築といえるのかもしれません。教会など大規模なランドマークとしての建物でない限り。

共有財産としての景観をみんなで守る

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私はヨーロッパの街や村の普通の人たちが暮らす界隈をあてもなく歩き回るのが昔から好きでした。いわゆる観光地でなく、普通の家や店、学校や公園、教会にパブやカフェがある界隈。

心落ち着く街並みが偶然そこにあると思っていたら、その影にはそこに住む人々が自分のわがままや不便さをちょっとだけがまんして守ってきた歴史があったのです。それは一人ではできないことで、みんなが協力し合って続いてきたコミュニティー全体の宝物。

だから、みんな本当は「ここにバルコニーつけたいのに」とか「家の一部を改造してカフェにしたいのに」とか個人レベルでは不満があっても、都市計画のシステムそのものは守らなければならないものと受け止めています。

昔、日本人がイギリス観光というとロンドンのビッグベン、バッキンガム宮殿などいわゆる観光名所をめぐっていましたが、最近はコッツウォルズや湖水地方の村をめぐるといったツアーにも人気があるようです。

まさに私が昔から一人で歩き回っていた界隈を代表するものです。でも、イギリスにはこういう「絵になる」村や町がいたるところにあって、別にコッツウォルズだけの専売特許ではありません。

まあ、住民にとっては普通に暮らしている生活の場に観光客が来て見世物のようにされるのは気持ちがいいものではないでしょうから、コッツウォルズにまかせておけばいいのかもしれませんが。

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わざわざ日本から(最近は中国も)イギリスの「普通の」村を見に来て「かわいい!」と感動し、セルフィーを撮っている人たちがいます。でも、この人たちはどうしてイギリスにこういう景観があるのか考えてみたことがあるのかなと思います。

そして、そういう人たちが日本で住んでいるところはどんなところなんだろう、自分たちが住んでいる町の景観をきれいにするということは考えたことがあるのだろうかとも。

日本の景観

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東京などはもうあのカオスが珍しくて、逆にヨーロッパの人になどは違った意味での観光資源に映っています。でも、日本、特に都会には、住んでいる人が歩いていて景観がきれいだとか心落ち着くとかいった街並みは少ないのではないでしょうか。

もちろん、日本は昔から火事が多く、戦争中は空襲にもあったし地震もある国です。その上、狭い中にたくさんの人が住んでいて雇用の場、商業地なども確保しなければなりません。だから、景観を気にする余裕がないということもあるでしょう。

でも日本の普通の街に魅力的な景観が少ないのは、結局のところ、一般市民の間に景観が公のものであり、コミュニティーの共有財産だという認識が少ないのが一番の理由だと思います。個人の好みや損得は多少我慢して、共有財産である景観をみんなで守り、改善するという意識を持っている人はあまり多くないと言えるでしょう。

交通が不便な田舎で、開発に取り残されたところなどにまとまった懐かしい街並みを見ることがあったりします。でもそれは意識的にそうしたというよりは、ただ単に新しい建物が建てられなかっただけという結果のたまものだったりします。

日本人は島国で人口密度も高いため、人に迷惑をかけないとか、わがままは言わず他人と折り合って生きるとかいうモラルを大切にしている国民だと思います。けれども、こと景観になると、なぜか無頓着になる人が多いのが不思議。

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他の事では横並びでみんなと同じことを望むのに、「マイホームを建てる」とかいうことになるとなぜか「人と違う家にしたい」と思うのはなぜなんでしょうか。まわりの自然や建物に調和するデザインにしようという意識はあまりないように思います。

山あいに昔ながらの瓦ぶきの日本家屋が田んぼと交互に並んでいるような田舎で、突然オレンジとグリーンの「洋風」の家が目に飛び込んでくるのを見てがっかりすることがあります。

日本の景観保存地区

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最近は日本でも「重要伝統的的建造物保存地区」の制度があり、そういう特別な地区では街並み保存に力を入れています。今現在全国に115か所、京都や奈良などの古都、飛騨高山や白川郷、萩や津和野など。でもこういう地区は特別なところですね。

そして特別なだけに、こういうところは野外博物館のような扱いになっているところが多いようです。また土産物屋やカフェなどが並ぶ観光地になっていたり。

こういう街並みはもちろん守っていかなければならないものです。でも、もっと普通の街や村、私たちが日常目にする通りにも守るべき景観や改善できる部分があるのではないでしょうか。

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イギリスの「Conservation Area (保存地区)」には、ロンドンのウエストミンスターのようにいわゆる観光地もあります。でも、もっと「普通の」住宅街や中心市街地なども含まれていて、数もたくさんあります。

2017年時点でロンドン市内で27か所、イングランド全国に9793か所あるのです。日本の重要伝統的的建造物保存地区に比べると、けた違いに多いことがわかります。

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こういう保存地区内に家を持つと、規制が厳しくて大変なので避ける人もいるのではと思うかもしれません。が、逆にこういうエリアは景観がきれいで環境がよく、規制が厳しいがゆえに将来もこの景観や環境が守られるだろうとして、人気があります。人気なだけに資産価値も高いことが多いのです。コンサヴェーション・エリアに住んでいることが誇りともなり、一種のステータスにもなるというわけです。

では、イギリスでは具体的にどのようにして景観を守る仕組みができているのか、イギリスの都市計画法とそのシステムについては次回でもう少し詳しく説明します。

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イギリスの都市計画基礎講座 

イギリスの都市計画制度について、基礎知識がない人でも理解できるようにわかりやすくまとめた講座です。それぞれのレッスンをテキスト文書、ビデオと音声でお届けしています。講座内容のポイントをまとめたパワポのスライド資料付き




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Global Research『都市計画・地方創生・SDGs』
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