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イギリス都市計画法106条開発義務(Planning Obligation)

イギリスの都市計画法には、「Planning Obligation」という、開発者がコミュニティに対して負う義務が定められています。「セクション106 Agreement」とも呼ばれる、この取り決めについて、近所にできた散歩道を例にしてお話しします。

新しい散歩道

夏のイギリスは毎日いい天気が続く散歩日和ですが、最近家の近くに新しい散歩道ができて、毎朝の散歩によく使っています。住宅街のはずれにある病院の端から大きな野原に続くルートにあるので、車がうるさい道路を避けて野原に行くことができてとても便利です。

散歩道があるのは病院と新しい住宅開発地がある土地と小川の間にできています。それまでは病院の敷地の一部となっていたのだと思いますが、それまでは塀で囲んであって通れなかった土地です。

車が通れないようにバリアがつけてある入り口から入ると、3メートル幅くらいのゆったりとした小道が舗装されていて、歩行者だけではなく自転車も通れるようになっています。標識や街灯もついていて、夜でも一人歩きできそうです。

できてからまだ1年しかたっていませんが、犬の散歩やぶらぶら歩き組、病院へ自転車通勤する人、自転車通学する学生などがよく使っています。

この写真の右側下方に小川があって、秋冬の間はよく見えたのですが、夏季になると草が生い茂って写真にも写りません。その川に、今年の春2羽の白鳥が巣を作っていました。白鳥だけでなく、アヒルやカモなどの水鳥を見ることもあります。

近道のためではなく、ただ散歩するなら、車の通る道路のそばの歩道よりこういうところで自然を眺めながらのほうが気持ちがいいものです。

保守党緊縮財政による地方自治体財政難のご時世で市がこの道を作るお金を出したとは思い難いので、予算は何らかの補助金から来たのかとも思いました。

でも、病院の隣の空き地に家がたくさん建ちつつあるのを見るにつけ、これは都市計画法による開発義務でのセクション106協定によるものかも知れないと思い、調べてみました。

都市計画法106条協定(計画義務)

この開発義務(Planning Obligation または Planning Agreement)というのは、都市計画法の106条(Section 106 Town and Country Planning Act 1990)に定められているものです。それで「セクション・ワンオーシックス・アグリーメント」と呼ばれることがあります。

自治体が都市計画許可を与えるにあたり、開発業者が開発の悪影響を是正するため、または周りのコミュニティに積極的なベネフィットを提供するために行う、またはその資金を支払う取り決めです。

比較的大規模な開発を対象としていて、その内容は開発や状況、ニーズによってさまざまです。

多くは道路整備、アクセス改善、コミュニティ施設、オープンスペースや遊び場、CCTV、パブリックアート、駐車場、公共交通改善などで、それぞれの都市計画申請手続きのプロセスで自治体都市計画課と都市計画申請者が話し合って取り決めます。

そして、その内容は都市計画申請情報に盛り込まれ、申請を許可するかそうかを決める際の材料のひとつとなります。

開発業者が都市計画許可をとりつけるための、わいろのようなものと言ってもいう人もいますが、そもそも都市計画上、許されない開発がこのために特別に許可されるということはありません。

開発業者にしても、この義務を約束することで開発許可が下りるだけでなく、近隣コミュニティからの反対も少なくなり評判がよくなるというメリットがあります。

多少のコストアップにはなりますが、一定の範囲で対応するのが当然となっていて、都市計画申請をする業者はみなこの義務があることを見越してコスト計算をしています。

散歩道ができたわけ

イギリスでは、都市計画法に基づいたすべての開発に許可が必要なので、その申請と許可に関する情報がすべて自治体から公開されています。都市計画書に行けば実際の図面なども見ることができますが、昨今はすべてがオンラインで閲覧可能なので、簡単にチェックできて便利です。

自治体の都市計画課サイトでこの住宅開発に関する申請を調べると、申請やそれに対する意見書、許可までの経過などがわかりました。

病院の隣の土地の開発は2012年に都市計画許可が出た110戸の住宅の建設です。2階建ての普通の一戸建て住宅が99戸とス特別ニーズ用の介護住宅を含む4階建てのマンションブロックからなり、アクセス道路、ランドスケープ、南隣にある遊び場の改善整備、北隣にある病院スタッフ用の駐車場も含まれます。

もともとは病院の敷地の一部だった土地が必要ないということで住宅用に開発されることになったようです。

この都市計画申請は条件付きで認められていて、その条件は次の通りです。

・アフォーダブル住宅と社会的ニーズ住宅供給

・川沿いにある土地に整備されるサイクルルートに160,000ポンドの資金を寄付するS106契約を結ぶ

・合意された通りの順番で開発を行うこと(特にサイクルルートとオープンスペース)

やはり、私が予測したとおり、この道は都市計画法の106条約に乗っ取り、住宅開発業者によって提供されたものだったのです。

Section 106 の詳細

都市計画申請の詳細を見ると、この3m幅の徒歩・自転車道は住宅用地のはしに整備して、これまで一般がアクセスできなかったルートを公開するもので、その工事は市が行うが、その資金160,000ポンド(約2500万円)を開発業者が支払うとあります。そのためにSection 106 に基づいた合意契約を作り、工事や支払いのスケジュールまで取り決めます。

このルートは市が整備しようとしているサイクルネットワークの一部となるもので、住宅街と病院の向こう側にある広い野原(木や野草が茂る広大な土地に散歩道がある)をつなぐ重要なリンクであると位置づけています。

住宅街側にはバスもたくさん通る幹線道路があり、タウンセンターと外からの交通を結ぶメインルートとなっています。この幹線道路は交通量も多く、近くに大きなスーパーマーケットなど大型店舗があるところに巨大なラウンドアバウト(ロータリー)があって、自転車利用者や歩行者にとってわたりにくい道路なのです。

短いルートとはいえ、この川沿いの道を使うことで、車用に設計されたラウンドアバウトや広い車線の道路を使うのを避けることができるのも大きなメリットです。

この散歩道が終わったところ、カントリーパークにつながるところでは道路を横切る必要があります。

ここには新しく横断歩道が作られ、イギリスの横断歩道でよく見る黄色の「ぼんぼり」が付いたポールが立っていて、運転手からよく見えるようになっています。

その上、念には念を入れてということか、横断歩道の両側にスピードバンプ(車が徐行するための減速隊)までつけてあります。

イギリスでは(少なくとも私が住んでいる地域では)横断歩道に立つと、運転手がすぐ止まってくれるので、そこまでする必要があるのかとも思いました。市の予算だけではとてもこんなことはできなかったでしょうし、ここまで「りっぱ」な横断歩道はわが町で見たことがありません。

S106 予算があるので気が大きくなったのかもしれません。人の財布でおごってもらえる時は高いものを注文するような?

(以前イギリスの自治体で働いていた時、地元住民のスピードバンプ要請と道路交通局の「予算がないので無理」との板挟みで悪戦苦闘したことを思い出しました。その時は、過去の交通事故データを調べた上、結局バンプを付けることができませんでした。)

都市計画はコミュニティのため

この都市計画申請プロセスの段階で、開発業者は近隣コミュニティを対象とする説明会も2回開いたそうです。その時にこの散歩道や遊び場の整備、横断歩道などについても話し合われたことでしょう。

そういうコンサルテーションの機会をもうけたことも、地元住民を味方につけるための助けとなったのかもしれません。実際、この開発に関する都市計画申請について近隣住民から支持する意見がいくつも見られました。

中には「うちの子が家を出る時に住むところが見つかった」というのもありました。このあたりの住宅地は価格が高い大きい家が多く、単身者や若いカップルが住める低価格住宅やマンションが少ないからでしょう。当の子供は親から離れたところに住みたいと思っているかもしれませんが。

開発業者が利益を最大化したり、新しい住宅開発のおかげでドリームホームを手に入れることができるといった個人的な恩恵のほかに、既存コミュニティの一般市民にもベネフィットがあるのは都市計画制度のおかげです。

新しい開発の景観や交通、地域のインフラ(教育、医療、社会サービスなどソフトなインフラも含む)に与える影響を詳細に評価し、それによってコミュニティに負荷がかかるのではなく、逆に恩恵があるということを理解すると、地元の人も満足します。

日本では、気が付かないうちに近所に大きな家が建って目障りになったとか、日が入らなくなったとかいう声も聞きますが、そういうことがイギリスでは起こらないのも、都市計画の決まりのおかげです。

私もそのおかげで、今日もカントリーパークに散歩に行くのに、この川沿いの散歩道を歩いて行きました。

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Global Research『都市計画・地方創生・SDGs』
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