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スタートアップCTOが実体験で語る、プロダクトの正しい「やめ方」

スタートアップでは、新製品を開発したり既存製品をリプレースしたりすることは珍しくありません。しかし、その過程で開発スケジュールの大幅な遅れや予想外の市場変化など、困難に直面することがあります。時には開発を中止せざるを得ない状況に陥ることもありますが、その判断基準やタイミングについて悩むCTO・エンジニアの方も多いと聞きます。

そこで今回、スタートアップの各技術領域で働く方同士の交流の場である「GB Tech Meetup」では「プロダクトの『やめ方』」と題した勉強会を開催。「プロダクトをあきらめる」というハードな意思決定を乗り越えたCTOをゲストにお迎えして、トークパートとパネルディスカッションを実施しました。

後編となる本記事では、株式会社HataLuck and Person 執行役員CTO 千葉 茂氏、株式会社JX通信社 CTO 小笠原 光貴氏、Liiga株式会社 CTO めもりー 氏によるパネルディスカッションの様子をお伝えします。(※モデレーター:グローバル・ブレイン株式会社 Value Up Team 二宮 啓聡

※前編のレポートはこちら

どの情報を見て、意思決定すべきか

──はじめに自己紹介をお願いします。ご自身の「プロダクトをやめた経験」にも軽く触れていただければと。

千葉:サービス業で働く人の生産性を高める「はたLuck」を運営する、HataLuck and Personの千葉です。先ほどは現職でプロダクト開発をやめたお話をしましたが(前編参照)、実は新卒で入社したサイバーエージェントでも6つの事業クローズに立ち会った経験があります。今日は会場の皆さんのお役に立てる話ができればと思います。

小笠原:JX通信社の小笠原です。JX通信社は政府・自治体や報道機関向けに、災害や事故などの情報をいち早く届けるサービス「FASTALERT」を中心として、情報×BtoBの領域で事業を展開しています。私はCTOではあるんですが、プロダクトそのものの責任は持っていません。かわりに技術やコスト周りを見ており、機能や施策ごとに原価を出してデータドリブンでやめる判断を下してきました。

めもりー:若手ハイクラス人材向けのキャリアプラットフォーム「Liiga」を運営する、Liiga株式会社 CTOのめもりーです。Liigaではサービスのリニューアルに併せて、いくつかのプロダクトや機能をやめようとしています。またプロダクトとは少し違いますが、NuxtからNextへの移行なども実施しようとしています。

──ありがとうございます。早速本題に入ろうと思いますが、最初のテーマは「確からしい意思決定のために見るべき情報」です。経営陣や現場のエンジニアからは日々さまざまな情報がシェアされるかと思いますが、意思決定の際にはどの情報をご覧になっていますか?

めもりー:絶対に正解の意思決定はないので、「確からしい」という観点は大事ですね。その意味で判断軸として確からしいのは、やはりKPIかなと。KPIに達していなければ会社のビジョンに到達できていないと言えますからね。

めもりー:1994年生まれ。大学の情報系学部でネットワーク・コンピューター工学を専攻するも、実務への関心が高まり、高校時代Webエンジニアとしてアルバイトをしていた会社にそのまま入社。その後、複数のベンチャー企業やスタートアップ企業、上場企業でソフトウェアエンジニアや執行役員 CTOとして活動。2024年4月に株式会社ハウテレビジョンに入社し、そのまま子会社である Liiga 株式会社の CTO に就任。

小笠原:私もKPIは大切だと思ってます。会社の一番大きな目標であるKGIなどが分解されて各チームに振り分けられているのがKPIだと思うので。
ただ、KPIを見る際に意外と見逃されがちなのが「売上が積み上がるほどちゃんと原価率は下がっているか?」という視点です。ビジネスサイドがMRRや売上だけ、開発サイドがコストや機能追加の進捗だけを各チームで見てしまっていると「お客さんが増えるほどコストが積み上がって赤字が膨らむ」ことにもなりかねません。意思決定の際にはそういう俯瞰した目線も大事かなと。

めもりー:思い当たる節があって「ウッ…」となります(笑)。限界利益率を見るのは大事ですよね。

もう1つ、スタートアップの意思決定にはキャッシュアウトの観点も欠かせないと思っています。たとえば「いまは赤字だけど3年後には黒字になって、資金調達の目途も立っている」状況を想定するといかがでしょうか。やめるか続けるかの大きな判断材料になるかと思います。
ちなみに、一介の現場のエンジニアだと会社の財務状況が見えないこともあると思います。そうなるといちエンジニアが開発をやめる・やめないを考えたり、会社に進言したりするのは難しいのかなと思うんですが、皆さんどうお考えですか?

小笠原:確かに、特に業務委託のメンバーだと、正社員と比べて情報の非対称性は正直ありますよね。ただ、経営側から自然と情報が降りてくることはなくても、こちらからプルすれば意外と教えてくれる場合も多いと思います。たとえばサーバー代を聞いて「コスト分析しましょうか?」と申し出れば、どの経営者もウェルカムなはずです。エンジニアの人件費もだいたい想像がつくと思うので、わかる範囲から計算してみるのはありかもしれません。

小笠原 光貴:2014年に株式会社サイバーエージェントに新卒入社後、2016年に株式会社JX通信社に入社。ニュースエンジンの開発などに従事した後、VPoEを経てCTOに就任。サーバーレスと猫とKPOPをこよなく愛する。認定スクラムマスター(CSM®️)。

意思決定の前後でやっておくべきこと

──面白いやり方ですね。次のテーマ「やめる意思決定をする際、留意したこと」についても伺っていければと思います。

千葉:弊社の場合はプロダクトを「売却する」選択肢もあったんですが、そうはしませんでした。同じものは他社でも作れるかもしれないけど、私たちHATALUCKがやることに意義があると感じたからです。そういう自社の存在意義を見つめ直しましたね。

小笠原:私はプロダクトより、もっと小さい機能やシステムをやめる決断をしてきたんですが、その際にはデータに基づいて判断するようにしてました。

ただ、人間には合理的な部分もあれば、非合理的な感情もあります。たとえば「この機能があるとこれくらい赤字になります」とデータを見せても、愛着がある方なら当然「でも続けたい」という気持ちが出てきます。やめるべきである理由を合理的に説明しつつ、愛着や思いを否定しないのは大事ですね。

めもりー:同感です。やめる決断が、イコール「ネガティブなもの」ではないと伝えることは大事ですよね。そのためには、期待値をしっかりと調整していくのが大切だと思います。

──意思決定した後には、それが良かったのか悪かったのか振り返りをする場面もあるかと思います。意思決定の良し悪しの検証方法として、やっていることがあれば教えてください。

小笠原:これは難しいところですね。前提として、ABテストみたいに完全に正しい検証はできないとは思っていて。極論検証はできない上で、意思決定が正しかったかを論理立てて納得するしかないのかなと思います。

めもりー:教科書っぽい回答になっちゃいますが、やはり数字やKPIが改善しているかどうかかなと。それらが改善した上で社内の雰囲気が良くなり、やりたいことが実現できているのなら正解だったと言えると思います。

千葉:私は仮に意思決定の後の状況が悪くなってしまったとしても、選ばなかった案に立ち戻れるようになっているかが重要だと思ってます。意思決定をする前に戻れるように細かくチェックポイントを設けて進められていれば、結果として良い選択ができ続けるんじゃないかなと。立ち戻れるようにしておくことで、意思決定の検証性は増す気がします。

千葉 茂:2022年に業務委託として株式会社HataLuck and Personにジョインし技術基盤の選定、開発を担当。2024年1月に執行役員CTOに就任。ヴィンテージギター愛好家。アーキテクチャ設計が好き。

時には「仲間づくり」も大切


──先ほども少し話が出ましたが、自分は開発をやめるべきだと思っていても、周囲に続けたい人がいる状況もあるかと思います。自分の意志と周囲にギャップがある際に行ったこともあれば伺えればと思います。

小笠原:社内の全員と意見が食い違うことはあまりないですよね。必ず誰かしら同じように感じている人がいると思うので、その人と話をしてみるといいと思います。ふだん同じチームで開発する人だけではなく、ビジネスサイドのメンバーや上司の中にも、特定の機能やプロダクトに思い入れがある人もいれば、戦略上そこまで重視していない人もいる。自分の違和感を言葉にして伝えながら、意見を同じくする仲間をつくっていくと良いのかなと。

めもりー:この点は自分の立場によって結構変わってきそうですね。もしCTOなどの立場であれば、やはりCEOと直接話すのが一番早い。現場のエンジニアとして課題に直面しているなら、まずは上司を味方にするのが良いのかなと。そのためには小笠原さんも仰ったように、自分の考えをしっかり言語化するのが大事です。自分の考えを適切に言語化できていると、自然と仲間も増えていくんじゃないかなと思います。

経営陣やビジネスサイドとわかりあうには


──社内コミュニケーションの話題に関連して、会場からもチャットで質問が来ています。「開発部門のKPIを、ビジネスサイドにも重要だと理解してもらうにはどうしたらいいでしょうか。どうしても売上に直結する機能開発などが重宝されがちですが、そうではないアクション(負債の解消など)の重要性を、ビジネスサイドや経営陣にどう説得しましたか?」とのことですが。

千葉:私の経験でいうと改まって説得をしたわけではないんです。「このままではまずい」と感じたので、業務委託の身ではあったんですがEM的に動いて、開発の全レイヤーを調べてみました。

課題感を社内に話したら、実は経営陣も開発の状況をどうしたらいいか悩んでいたとわかって。でも当時は経営陣にエンジニア出身の者がいなかったので判断が付かず、そのまま開発を続けてしまっていたんです。

そこで改めて経営陣と検討して、いまは新しい開発を進めるのではなくやめるべきだと判断しました。説得というよりも一緒に考えて結論を出した形ですね。

──ありがとうございます。ビジネスサイドと開発サイドの理解の深め方について、おふたりにも伺わせてください。

めもりー:一般的にはビジネスサイドと開発サイドのKPIが重なっているパターンのほうが少ないはずなので、そこは当然違うものと認識しておいたほうが良いかもしれません。違いがあるという認識を社内で共有するためには、カルチャーづくりも大事です。

小笠原:そのカルチャーを作るのがまさにCTOの仕事の1つですね。やっぱり社内の各チームがそれぞれのKPIや目標を最初から納得し合うのは難しい。でもたとえば、スタートアップは会社のステージが上がるとガバナンスを重視しなければいけませんが、最初は面倒だと思うメンバーが多くても、CEOが「これは大事だ」と鶴の一声を上げればだんだん浸透していくものです。

これと同じで、開発サイドの目標の重要性が受け入れられていないのなら、CEOや経営陣に社内に伝えてもらうよう促すのも良いのかなと思います。開発サイドのことをCEOの意識の中に組み込むためには、彼らがいま何を大事だと思っているのかをしっかりキャッチアップして理解するのも大切ですね。説明力とか言語化力は求められる気がします。

──なるほど。言語化力や説明力を磨くために意識していることはありますか?

千葉:うちの会社では1人1人が自走力を持って意思決定できる組織にしたいなと思ってて。それもあって、決まりごとに対してWHYとWHATを説明する文化が浸透している気がします。重箱の隅をつつくわけではなく、ビジネスサイドも開発サイドも、日々アウトプットをたくさんして理解し合うようにしてるということです。そういうWHYとWHATが入った会話が雑談の中でも自然と出てくるようになっているといいのかなと。

めもりー:アニメやドラマなどのフィクションも含めてインプットは続けていきたいなと思ってます。ストーリーの中ではさまざまな立場の人の思考や感情を知れるので、「いろんな人間がいる」前提で意思決定できるようになるんじゃないかなと。

──それは面白い視点ですね。どの話も非常に参考になりました。まだまだ深堀りしていきたいんですがお時間も迫ってまいりましたので、最後に皆さんからご挨拶と採用情報のアナウンスをいただければと思います。

千葉:今日はありがとうございました。開発メンバーも含めて各ポジション絶賛募集中です。日本一エンジニアリングを面白い会社にしていきたいなと思っていますので、ご興味のある方はぜひお話させていただければと思います。

小笠原:ありがとうございました。弊社は先ほどもお話したように情報×BtoBの領域にベットしており、情報を活用して世界に良い影響を与えていきたいと考えています。大きい会社だと思われがちなんですが、まだまだ少数精鋭でやっているので、自ら裁量を持って意思決定をしたいと思っている方にはいい環境なんじゃないかなと思います。

めもりー:私たちLiigaは良質な転職体験を提供するために、転職業界やエージェント業界そのものを革新していきたいと考えています。ご関心のある方はお話をさせてください。

三者の言葉に表れた、意思決定のダイナミズム

やめる意思決定の難しさだけでなく、そのダイナミズムについても三者三様に語っていただいた本イベント。皆さんの言葉を通じて、CTOの立場でプロダクトへ向き合うことに関心が生まれた方もいると思います。

GB Tech Meetupでは今後も、エンジニアの皆さんに向けたキャリアや業務に関する勉強会を開催予定です。ご興味のある方はこちらへご参加いただければ幸いです。

なお本イベントを主催したGBHR株式会社は、独立系VCグローバル・ブレインの子会社であり、スタートアップの人材採用支援を専門に行う企業です。今回のようなイベント開催だけでなく、ネクストキャリアを考える方に向けた無料のキャリア相談サービス「GB Innovators Lounge(GBIL)」も運営しています。

GBILは求職者に対する中長期的な機会の提供を目指しており、ご希望のキャリアや働き方などを伺った上で、300社を超えるスタートアップネットワークから求職者のニーズにマッチした求人のみをご紹介いたします。詳細は公式サイトをご確認ください。