クリスマスはラーメンを食べなきゃダメだろ
お恥ずかしながら祭めぐる、二十歳になるまで彼氏とクリスマスを過ごした経験がなかった。
初めて彼氏ができたのが二十歳の頃だったからだ。
その初めての彼氏とは絵に描いたような幸せなクリスマスを過ごした。
クリスマスも誕生日も彼と過ごす日々は楽しかったが、随分と悲惨な破綻を迎えたので是非読んでみてほしい。人がふたり狂い、血と暴力の日々を経て破局するまでの物語だ。
さて二十歳になるまで私にとってのクリスマスは年々意味合いを変えた。
幼少期、我が家にはサンタさんが来なかった。
母曰く、「サンタさんは貧しい子供達におもちゃを配る仕事で忙しい。うちは貧しくないから代わりにパパとママがあげてる」。
父からのプレゼントはおもちゃだったし、母からのプレゼントは大抵クリスマスマグや穏やかで優しい雑貨だった。
今でも覚えている、母から最初にもらったクリスマスマグは黄色くて、サンタ帽をかぶったテディベアが描かれていた。確か私が十歳の頃とか、その辺だったと思う。
お友達はみんな両親からとサンタさんから、三つもらっていた。今思えば片田舎の街ながら裕福な家庭が多かったのだろう。
しかし私は彼らを「サンタさんに助けてもらわなければいけない貧乏な家の子」と内心憐んでいた。死ぬほど嫌なガキだ。私は特に幼い頃、こういう可愛げのなさがあった。
幼少期もらったクリスマスプレゼントには、ひとつ、私が生涯を共にするであろうパートナーがいる。
何を隠そう、メリーちゃん、通称ぺそぺそのいぬと呼ばれるハスキー犬のぬいぐるみだ。
親戚が、私の生まれて初めてのクリスマスプレゼントに寄越したものである。
私はこれを人生の道連れと定め、三十四に至る今まで常に寄り添って生きてきたが、逆に恥ずかしくてその親戚にはそれを伝えられない。
何故って、あまりにも物持ちが良すぎるし、何より「いまだに一緒に寝てます」とはいい歳して流石に……なのだ。
さてサンタさんのお世話にならない年頃になると、クリスマスプレゼントは大抵本だった。
私が冗談みたいに本を欲したからだ。
親戚も私に本を寄越した。
いつだかクリスマスにもらった本に『不思議を売る男』がある。
確か中学一年生の頃に今は亡き伯母からもらった。
絶妙な匙加減の怖い話が多く、中でも鏡と女の子の話は私を震え上がらせた。
私は地味な中高時代を過ごしたが、妹はそうでなかった。
彼女は中学三年生の頃から彼氏を作り、クリスマスには二人で過ごすが、いかんせん彼女は真面目なので夕方には帰ってくる。
これはその彼氏の悪口だが、妹が彼にとってカタブツ過ぎたのか不都合だったのか、彼はしょっちゅう違う女の子とデートしたり旅行に行ったりしていた。私も友達も、彼のことを「盛りのついた猿」と呼んでいる。妹を侮辱しやがって、くたばっちまえ!
私が大学一年生、妹が高校三年生のクリスマスなど大変なことになっていた。
私たちは両親の別居に伴い母について手狭な県営住宅に引っ越したばかりで、母は仕事、妹はクリスマスデートに行っていた。
当時引っ越したばかり、私は「ご飯作っておいてね」と言われながらどうやったって見つからない包丁に号泣しながらキャベツをハサミで切っていた覚えがある。
妹は身内の贔屓目なしにも可愛らしく、私は薬の副作用で太っている。今でこそ私はその事実に「貫禄。将来の夢は荒地の魔女。そのうちジムに通って刃牙になる」とか言っているが、まあ年頃の娘にはその事実は重た過ぎた。
妹は当時、家に帰ってきてびっくりしたと言う。私が蹲って号泣していたからだ。
「ど、……どしたの」
妹がドン引きした声を出したのを今でも覚えている。
「お前はデートなのに!私は!包丁も見つけられないで!家事をして!何でこんなに私たちは違うの!!」
私は完全に“スイッチ”が入った状態で叫んだのを覚えている。妹がハハ……と乾いた笑い声をあげていた。
さて妹は姉の癇癪にも慣れたものである。
「めぐるが彼氏できないことに悩んでるのはわかるよ」
妹はコートも脱がずに真剣な声を出した。
「それと、めぐるがふっくらしてることは関係ない。まっちゃん(私の友人。私よりも随分ふくよかな女の子で、その貫禄を備えて出身校の生徒会長であることから有名人だった)だって彼氏いるじゃん。でもそれはめぐるが劣ってることにはならないよ。こういうのはタイミングだから。めぐるは今までタイミングが合わなかっただけ。そのうち突然彼氏ができて、違うことに悩み始める」
彼女は淡々とそう言ってから、私は泣きじゃくりながら「ごめん八つ当たりした」と細い声で言い──
「ってこともあったよねぇ!ダハハハ」
齢三十、とっくにあの年のクリスマスの翌年に作った彼氏との結婚・離婚を済ませたあと、妹に思い出話をLINEした。
「今となっては笑い話だけどマジで辛かった!お前ばっかり可愛いんだもん。まあ私はおかげさまでお前ほどストーカーやら性犯罪やらに悩まされなかったけど」
さて妹からのLINEはすぐに返ってくる。
「笑い話だと思ってるの、めぐるだけだから😅」
……ごめん。笑
さて離婚当時のクリスマスの話をしよう。
二〇一九年十二月。
私は九年ぶりに過ごす一人のクリスマスに怯えていた。
まだ離婚は成立しておらず、私は毎日泣きながら「しろくまくん(当時の夫)と過ごしたかった」とこぼし、父に「忘れなさいよ」と言われていた。
「トモちゃん誘ったら?」
「迷惑だよ。仕事だろうし」
「良いよ!行こ!祭ちゃんとクリスマス過ごせるのうれし〜」
流石トモちゃん、話の早い女だしフットワークの軽い女である。
当時無職の私と仕事上がりのトモちゃんは丸の内のイルミネーションを見るために東京駅に待ち合わせして、そのまま出かけた。
寒空の下、イルミネーションの灯りはよく通った。
カップルばかりかと思えば当たり前に会社帰りのサラリーマン・OLばかりの中、私たちは別段目立つことなく二人でイルミネーションを見た。
「トモちゃんがいるから大丈夫」
私が涙ぐみながら言えばトモちゃんは胸を逸らして「ふふん」と言った。
「祭ちゃんには友達がいるし、そうでなくとも祭ちゃん一人でも楽しく過ごせるよ!」
彼女はいつだってそうだ。
「私がいるから大丈夫」ではなく、「一人だって大丈夫」をくれる。
帰り道、何処の店もカップルでいっぱいの中、私たちは「クリスマスはラーメン食わなきゃダメだろ」とか支離滅裂なことを言いながら東京駅でラーメンを食べて帰った。
確かに男女間の性愛はなくとも、友人と過ごす穏やかなクリスマスは間違いなく幸福であり、以降今まで五年間、私はクリスマスはトモちゃんと過ごしているし──今年もそうだった。
十二月二十二日日曜日。
私たちはユンちゃんやキナコちゃんを交えてクリスマスパーティーの予定だった。
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