眼鏡
生まれてこのかた視力は1.5から落ちたことがなかった。30歳をすぎてからも特に変化もなく、まわりに眼鏡をかけた若い人達を見ると気の毒に思っていた。小さな子供にいたっては親の責任だと思っていた。暗い所で読書をしたりファミコンに興じた結果だと勝手に決め込んでいたのだ。
そんな私が、転職して図面をひくようになった5年目あたりから、細かい作業の後に周りの景色がぼんやり霞んで見えることが多くなった。疲れ目だから休めば治ると思っていたら、どうやらだんだんひどくなっていくようだった。老眼はまだ早いのではと検眼もしないで放置していた。眼鏡をかけたことの無い人たちのなかには、私のように老眼は老いの象徴のように思って先に延ばそうとしている人が意外と多いものだ。特に女性は。
ところが先日、アルバイトの若者に仕事の注意を与えているときの事だった。人が真剣に話をしているのによそ見をしているので、
「人の話を聞くときには目を見なさい。目を!」と注意したところ
「見ています。」と静かに返された。いつもかけている眼鏡は外してデスクの上に置いてあった。そして無言で講義するかのように私に真っ直ぐ向けた彼の目は僅かな斜視だった。
「気にしなくてもいいですよ。」
眼鏡を掛けなおして姿勢を正した彼の目を私は見返すことができなかった。後日聞くところによると、彼は眼鏡なしでは2~3メートル先の人の顔も判別できないらしい。
私もついに眼鏡をかける時が来たのか…と考えていたそんな時、なにげなく開いた新聞の広告が目に飛び込んできた。
<目をみはる、セイコーです。>
というキャッチコピーと共に、一面に眼鏡をかけた女性の顔が大きく載っていた。私、眼鏡が似合うでしょう?といった笑顔でないのが嬉しい。太い眉と引き締まった表情が知的な雰囲気をかもしだし、思いっきりショートにした髪と細いフレームがよく似合っている。軽く合わせた口元が意志の強さを表している。そのわりには女らしさも漂っていた。
まるで、成熟した女性の美しさは眼鏡なしでは有り得ないと言っているようだ。私は初めて眼鏡を作ってもいいかもしれないと思った。しかも、ちょっとわくわくしていた。
追記
毎日新聞で募集していたセイコーの広告に応募した時のものです。確か…眼鏡というキーワードでショートストーリーを作るとかいったようなものだったと思います。記憶が曖昧で、何に掲載されたのかもいまだもってわかりません。ところでセイコーさんって眼鏡屋さんだっけ?
後日調べたところセイコーは時計だけでなく眼鏡フレームもつくっているんですね。それにしてもファミコンは古い(笑)