
アジア版NATOの戦略的脆弱性
石破茂の安全保障政策=アジア版NATO
2024年9月の自民党総裁選を勝ち抜き、見事首相に就任した石破茂が提唱する新しい安全保障政策、それが今回解説する【アジア版NATO】構想になります。

このアジア版NATOは政策発表後、すぐに批判や反対意見が殺到し、インドやASEAN諸国からは否定的な声明が出された末に、提唱者の石破茂は早急にこのアジア版NATOを封印することになりました。
アジア版NATOの一体どこに問題があったのか?なにが批判されるポイントだったのか?簡単ですが解説しようと思います。
アジア版NATOとはなにか?
まず初めに基礎知識から始めます。このアイデア自体は、近年急速に勢力拡大を続ける軍事独裁国家中国を対象とする、アジア地域での共同防衛を目的とする軍事同盟のことを意味している。
分かりやすく言えば【中国が怖いのでみんなで助け合いましょう同盟】のことです。欧州での対ソ連共同防衛を目的とした北大西洋条約機構=NATOと同じような枠組みを、アジア地域にも作り出そうとする試みのことです。

もしも中国がアジア版NATO加盟国のどこかを攻撃・侵略した場合、加盟国は一致団結して中国の軍事行動に対抗してゆく。必要ならば共同の防衛作戦を展開し、可能ならば中国の侵略行為を抑止し、安全保障を確立する。
そしてアジア版NATOに参加国として予定されていたのが、日本、アメリカ、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、インド、フィリピンなど(あくまでも予定)
これがアジア版NATOの簡単な全体図になります。
①軍事同盟としての脆弱性
このアジア版NATOには、大きく分けて2ポイントで問題点が存在しています。その問題点を順番に解説してゆきます。
一つ目がアジア版NATOの軍事同盟としての脆弱性があげられます。
アジア版NATOに参加予定の国々のうち、実際の有事の際にまともな戦力となるのはアメリカ軍くらいで、残りの参加予定国はあまり戦力にならないという悲しい現実。
憲法上、自国防衛と米軍サポートくらいしかできない自衛隊に、北朝鮮の軍事的脅威に対応しなければならない韓国軍、オーストラリア軍とニュージーランド軍は距離的に遠い、インド軍は隣国パキスタンがあるので動きづらい(そしてフィリピン軍はショボい)
このアジア版NATOを軍事同盟として見ると、残念ながら米軍頼りの弱者連合に過ぎないことが良く分かると思います。純粋な対中国の軍事力としては弱すぎる。正直微妙な感じ。
これだったら、無理にアジア版NATOを作らないで、今ある同盟関係、例えば日米同盟や米韓同盟を強化していって、対中国の防衛力を高める方向性のほうが合理的です。アジア各国の外交的摩擦も少なくて済む。無駄なコストを支払う必要はない。
さらに言えば、日本は憲法9条との関係があります。この9条とアジア版NATOとの法的整合性が大変難しい問題です。
もし仮にインドと中国が国境線の領有を巡って武力衝突を引き起こした場合、アジア版NATO参加国の日本は強制的にインド防衛のため自衛隊を派遣しなければなりなくなります。日本にとって比較的無関係なこの中印紛争に日本が巻き込まれる可能性があります。

日本に無関係な地域紛争にどこまで憲法9条を持つ日本が介入するべきなのか、大いに議論になるところです。
このようにガチガチのハードウェアな軍事同盟としてのアジア版NATOには問題点が多すぎます。果たしてどこまで効果的に機能するのか?
②中国との緊張を高める危険性
二つ目がアジア版NATOの存在自体が、中国との緊張を高め、さらなるハレーションを呼び起こす危険性があるということです。普通に考えればわかる簡単なことです。
対中国共同防衛を目的とする軍事同盟がアジア版NATOの本質です。これを中国側から見たら、自分の目の前で自分を脅威認定する軍事同盟が結成されるという状況なので、それは不快だし面白いはずがない。
中国としては、この同盟にたいして何とか妨害工作や離反工作でもって弱体化させたいし、無力化させたい。それが困難ならば、最終的に軍事作戦でこの同盟関係を破壊したいというモチベーションに繋がる。
せっかく対中国の安全保障戦略としてアジア版NATOを作ったのに、逆にアジア版NATOの存在自体が中国との戦争の可能性を高めてしまうというジレンマ。
これ本家欧州のNATOでも同じようなことが起きています。1949年にNATOが対ソ連の軍事同盟として結成されました。このNATOに対抗する形でソ連は1955年にワルシャワ条約機構(WTO)を結成。

NATOによって欧州は平和にはならず、逆説的に欧州へ軍事的緊張をもたらし、冷戦の激化=欧州への中距離核ミサイル配備という悪夢を作り出してしまった。
歴史の教訓として、アジア版NATOが同じような末路をたどる可能性があります。
終わりに
以上の上記2点の理由でもってアジア版NATOは失敗する、と僕自身は考えています。石破茂の安全保障政策はダメであるという結論になりますね。
こうして見ると、今は亡き安倍晋三元首相の提唱した【自由で開かれたインド太平洋戦略】の優位性が明らかです。あれは基本、対中国の弱い同盟というか相互協力関係のネットワーク構築が主軸で、ガチガチの軍事同盟ではないという所が成功した理由です。

アジア地域は複雑で、欧州のような地続きで均一な社会構造ではないので、欧州の枠組みをそのまま持ってきても上手くはいかないという事例になるます。