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マミラパンアタパイ〈消滅の危機に瀕している言語〉


1.2022年2月16日

2022年2月16日、地球上から一つの言語が消滅しました。

チリに住む93歳の女性、クリスティーナ・カルデロンさんが亡くなりました。
カルデロンさんはヤ―ガン族の末裔であり、チリ、ひいては世界で最後の『ヤーガン語』の話し手でした。彼女の死によって、ヤ―ガン語を話す人物は誰もいなくなってしまい、事実上、ヤーガン語は地球上から消滅した言語となってしまいました。
現在においては、ヤーガン語を本人から伝え聞いた家族や知人、現存する記録、文献にのみその存在が語られるようになっていました。

今回は、そういった消滅寸前の言語について解説していきます。

2.バスク語

スペインはバスク地方、及びフランスの一部の地域で使用されている独自の言語であり、英語や欧州の言語とは一切の共通点を有しない独自の言語とされています。

ーーバスク地方

その起源は不明なものの、少なくとも古代ローマの時代から存在しているということは判明しており、イタリアやスペインにおいてもバスク語が由来となった地名が存在しています。
かなり長い歴史を有するバスク語ですが、その習得難易度は日本語に匹敵するーーあるいは上回るほどに難しいと言われています。

バスク語に関するジョークで、こんなものが存在します。

ーーある旅行者とバスク地方に住人

「バスク語は難しいですか?」

「とても難しいですね。」

「仮に覚えるとするなら、どれぐらいの期間がかかりますか?」

基本的な部分を覚えるのに5年、標準的に話せるようになるのに10年。

「なるほど……ということは、およそ15年で完璧に話せるようになるんですね!」

「そうですね、完璧な挨拶ができるようになります。

また、こんなジョークもーー

ーーある悪魔の話

『やめろぉぉ……もうやめてさせてくれぇぇ……』

悪魔は悶え苦しんでいた。
千を越える人々に苦しみを与え、誑かし、悪を唆してきた大悪魔。
数多の神罰を受けてなお、人間の世界に立ち入っては悪事の限りを尽くしてきた魔物。
そんな悪魔は、岩窟の中、石几の上にある紙を見て声を上げた。

もう10年も睨めっこをしたが何一つとして理解できん!!
バスク語はもうこりごりだよぉぉぉ!!!!お母ちゃぁぁぁん!!!!

世界共通語である英語や、フランス語やスペイン語といった欧州の言語と共通している部分が少ないが故に、バスク語は他の言語と関連付けて覚えることが不可能となっています。
発音の困難性もあり、バスク語は日本語に並ぶ世界で一番習得難易度が高い言語としてその存在が語られるようになりました。

そんなバスク語がなぜ消滅寸前の言語となってしまったのかーー
それは習得難易度だけでは語れない部分があります。

バスク語は古代からその存在が語られていたものの、それは書き言葉ではなく口伝によるものが主でした。それ故に時代の変遷と共にバスク語は徐々に風化していく形となりました。
そこに追い打ちをかけるように、近代においてフランシスコ=フランコ将軍による独裁政権によってバスク語が公然と禁止されてしまいました。このことがきっかけとなり、バスク語は現代において絶滅寸前の言語となってしまいました。

しかし、現在はバスク語の保護活動が盛んに行われており、フランコ将軍の影響力が完全に消滅した現在において、バスク地方ではスペイン語とバスク語の双方を公用語とするなど、その独自の文化性を未来まで語り継ごうとする努力がなされています。

3.コーンウォール語

ーーイギリス・コーンウォール地方に存在する
セント・マイケル・マウントの古城

現地の言語の響きを優先し、ケルノウ語とも呼ばれるコーンウォール語。
イギリス・コーンウォール地方に住む人々が用いていた言語ですが、中世に入ると、外部から侵略してきたイングランドの影響力が強くなり、公用語が英語となり、コーンウォール語の使用が禁止される形となりました。
そのことに伴い、徐々にコーンウォール語も衰退していき、1777年12月に、ドリー・プレンタースという女性が亡くなったことでコーンウォール語は消滅。文献や記録においてのみその存在が記されるのみとなっていました

その後、20世紀に入り、ヘンリー・ジェンナー氏が出版した『A Handbook of the Cornish Language』により、コーンウォール語の復興運動が始まり、そこから現在においては、イギリスの若者にもその存在が認知されるようになりました。
コーンウォール語を日常的に話す母語話者はほとんどいませんが、第二言語として学んでいる人が増えており、最近の国勢調査によると、約5000人がコーンウォール語を話すとされています。

特に欧州には、ヨーロッパ地方言語・少数言語憲章が存在しており、コーンウォール語は2002年に採択されました。

4.ナナイ語

ロシアはアムール川の流域に古くから存在しているナナイ人に伝わる伝統的な言語です。ナナイ人自体はロシアの極東部、ハバロフスク地方と沿海地方。中国の東北部、黒竜江省に存在しており、その存在はロシアを中心に語られるものの、その文化性や実態はどちらかというとアジア民族の様相を呈していました。

ーーナナイ人を撮影した写真(時期不明)

しかしながら、ロシアと中国の動乱に満ちた歴史の中で、ナナイ人を抑圧。
それによって彼らの間で用いられていたナナイ語も抑圧されていくことになりました。

そのため、現在ナナイ語は消滅の危機に瀕しており、特に若い世代がナナイ語を日常的に話すことはほとんどなくなっています。ナナイ語話者の多数は高齢者であり、若年層はロシア語や中国語を優先して学ぶため、ナナイ語が用いられる地域ではそもそもナナイ語を習得する機会が減少しています。
しかし、現在におけるロシア政府、及び中国政府はナナイ語の保護活動を行っており、貴重な希少言語を絶滅させまいと全力を尽くしております。
なお、ナナイ語を主な言語としている人の割合は非常に少なく、現在では数千人ほどであるとされており、その大多数がハバロフスク地方、沿海地方に住んでいますが、隣接する樺太にもナナイ語を使用している人物が存在していることが判明しています。

ナナイ語はモンゴル語、ウイグル語との類似性も研究の中で判明しており、その独自性、その歴史から保護活動が盛んに行われております。
遥かな未来にもその存在が残されることを祈るばかりです。

5.トビ語

ーーパラオ共和国

トビ語は、パラオ共和国はハトホベイ州で使用されている言語です。
パラオの最南端に位置する小さな島、トビ島を中心に話されており、現在、少数の話者しかいない消滅の危機に瀕している言語です。

パラオ共和国は、現在に至るまでに欧州諸国や、アメリカ、日本から強い影響を受けており、特に日本とは漁業提携を行うなど、深い関係性になっております。
パラオ共和国の本島は外国の影響を強く受け、パラオの公用語はパラオ語、英語、日本語の三つが主に用いられていますが、トビ島はその影響を受けることなく、現在までトビ語を用いています。

しかし、現在トビ語を用いる人々の高齢化が著しく、話者の数は100人前後であるとみなされており、今後さらに減っていくことが予想されています。

動物 = mar
ココヤシ = ruh
さよなら = sabuho
言葉 = ramarih

ーー『トビ語の一例』wikipediaより引用

6.日本の絶滅寸前言語

アイヌ語

北海道、千島列島、樺太南部、東北地方北部のごく一部など、非常に広い範囲で用いられていた言語でしたが、現在ではその存在はごく一部のアイヌ民族が用い、過去の北海道の記録に記されるのみとなっています。

ーーウポポイ(アイヌ民族博物館)より、アイヌ民族の伝統衣装に身を包む人達

江戸時代において、北海道は蝦夷地と呼ばれており、その蝦夷に住んでいた人々のことをアイヌ民族と呼んでいました。当時、渡島半島にその領土を有していた松前藩はアイヌ民族に対して日本語の使用を禁じていましたが、ロシア帝国が南下政策の一環で蝦夷に進出。これに焦った江戸幕府は蝦夷を直接統治するようになりました。

その後、明治から令和までの長い時間を経て、アイヌ民族が分布する地域は日本とロシアによって分けられ、現在北海道と呼ばれる場所ができることとなりました。
日本に住んでいるアイヌ民族は北海道に、ロシアに住んでいるアイヌ民族はハバロフスク地方、沿海地方、カムチャツカ半島、樺太に移住することとなり、現在までその文化を伝えていました。

しかし、長い時の経て、アイヌ民族、及びアイヌ語は消滅の危機に瀕しており、日本政府は現在アイヌ語を保護しようと多くの政策を行っております。
ロシア国内におけるアイヌ語の現状は分かっておりませんが、少なくとも樺太、千島列島、カムチャツカ半島では既にアイヌ語は消滅していると目されております。

1997年、アイヌ民族の一人、萱野 茂氏が国会議員となり、アイヌ文化振興法を成立。その甲斐あってか数多くの学者がアイヌ文化の保護に尽力するようになり、母語話者としてアイヌ語を用いる人は少なくなる一方で、鮮明なアイヌ語を収録したカセットテープが資料として残されることとなりました。

そして、最近はアイヌ民族に関する文化が詳細に描写された漫画『ゴールデンカムイ』が大きな人気を博しており、サブカルチャーの面でも強い注目を浴びています。

ーーテレビアニメ『ゴールデンカムイ』

八丈方言

伊豆諸島よりしばし離れた八丈島に存在している言語であり、一部では方言と目されているものの、日本本土で使用されている日本語との差が非常に大きく、別の言語として扱われることがあります。
なお、その言語の一部には東日本の方言が含まれることがあり、日本語との共通点が無いわけではありません。

現状として、八丈島に住む若い世代が、日本本土に流入し、標準語を使用する関係上、八丈方言を話す人物も減少していく一方です。

ウチナーグチ

沖縄の方言であり、ウチナーグチとは現地の言葉における沖縄の方言のことです。16世紀の琉球王国時代、首里城が存在している首里を中心に発達した歴史を有しており、そのことから首里方言ともいわれています。
現在ではウチナーグチが使われることはほとんどありませんが、沖縄文化のイベントではあえてウチナーグチが用いられることがあります。
若い世代が積極的にウチナーグチを用いることはなく、そのためユネスコから絶滅の危機に瀕している言語として認識される形となりました。
なお、ユネスコから絶滅の危機に瀕していると認定された沖縄の言語は多く、ウチナーグチの他、与那国島で用いられている方言、ドゥナンムヌイ。宮古島で用いられている方言、ミャークフツなどもユネスコから絶滅の危機に瀕している言語として認定されています。

7.最後に

私がヤーガン語の存在を知ったのは、2022年。
記事の冒頭に載せたニュースをたまたま見つけた時のことです。
英語もまともに話せない私ですが、ヤ―ガン語という未知の言語を初めて知った時に胸が躍りました。しかしその後、僅かな時を経て、その言語の全てを知る機会が永遠に失われたのだという思いが胸に去来しました。

この世界には約7,000にも及ぶ言語が存在しており、世界の大半を占めるのは英語を筆頭とした23の言語です。そして、その内約40%が絶滅の危機に瀕しています。
現在、多くの国々が、それぞれに属している言語保護のための活動を行っていますが、それでも文化や言語の消滅を避けることはできません。

私にできることがあるとするならば、こうして一部の例をここに挙げ、読んでいただけた皆様にそういった言語が存在していること、そして僅かな時間でいいのでその言語に触れるきっかけを作ることだと私は思いました。
他の絶滅寸前の危機をまとめたwikipediaのページのリンクを貼りましたので、ご興味がありましたらご覧いただけると嬉しいです。

ここまでご高覧いただき、ありがとうございました。

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