果物と同じパワー?かぐわしい酵母の香り
Gekkeikan Studioの研究開発担当です。
今回は「酵母と日本酒の香り」について、ちょっとマニアックなお話をしたいと思います。
酒造りとは切っても切れない酵母について、日本酒の香りとの関係を探っていきます。
少しややこしいカタカナ用語も出てきますが、ぜひお付き合いください。
日本酒の華やかな香りとは?
日本酒には、爽やか・熟した・華やか…といったように色々なタイプの香りがあります。日本酒の香り成分として数十種類以上が知られており、それらが様々なバランスで含まれることで香りのバリエーションができるのです。
華やかでフルーティな香りは「吟醸香」と言われ、その中でも有名な香り成分が2つあります。バナナやメロンのような芳香を持つ「酢酸イソアミル」と、リンゴやパイナップルのような芳香を持つ「カプロン酸エチル」です。これらは酵母によってつくられることは、以前のnoteにてご紹介したとおりです。
酵母はどんな酒造りでも吟醸香をつくるわけではなく、お米の状態や、もろみの管理方法によって香りをつくる量は変わってきます。一般的には温度が低いほうが吟醸香をよく出すと言われていて、これが「寒い時期に仕込むとよい酒ができる」と言われてきた理由の一つです
昔から蔵人たちは、どうやったら酵母がたくさん吟醸香を出してくれるか、試行錯誤を重ねてきたのです。
なぜ酵母は吟醸香を出す?
そもそも酵母はなぜ、こんなかぐわしい香りをつくるのでしょうか?
まさか人間に喜んでもらうため…ではないですよね。
所説ありますが、虫に運んでもらうため、とも言われています。(出典Frontiers in Microbiology, 11, 1629, 2020, doi:10.3389/fmicb.2020.01629)
自然界では、酵母は花の蜜や、果物の表面などに生息しています。住んでいる花が枯れてしまっても、または別の場所で子孫を残そうと思っても、酵母は自分で歩いて移動することができません。そこで、花の蜜や花粉を目当てにやって来た昆虫にくっついて運んでもらうのです。
虫は花へ飛んでいく際に、好きな香りを出している花によく集まります。花の香りに加えて、酵母が吟醸香の香りをプラスさせることで、運んでもらえる可能性が高くなります。生息域を広げるため、酵母が編み出した生存戦略というわけです。
ちなみに、フルーティな吟醸香である酢酸イソアミルやカプロン酸エチルといった成分は、リンゴ、モモ、ブドウなどの果物にも実際に含まれていることが分かっています。
酵母が果物と同じ香り成分を作っているなんて、なんだか不思議ですね。花や果物に住み着いて暮らしているうちに、良いにおいのつくり方を覚えたのでしょうか?
もともと酵母が持っていた香りパワーを、日本酒造りに応用してきたのです。
もっと香りを!
話を戻しまして、酵母は日本酒の香りにとって重要な働きをします。
今から40年ほど前、1980年代に「もっと香りをたくさんつくる酵母を育てられないか?」という研究が盛んに行われるようになりました。
1980年代はバイオテクノロジーが飛躍的に発展した時代で、日本酒で使う微生物に対しても科学的な理解が年々深まっていました。
そんな中、月桂冠の研究所にて、先述の酢酸イソアミルとカプロン酸エチルをそれぞれたくさんつくる「香り酵母」達を産み出すことに成功しました(後の話の関係で、第1世代・香り酵母とします)!
香り酵母を使うことで、それまでは考えられないような吟醸香の高い日本酒を造ることができるようになりました。
カプロン酸エチルをたくさんつくる酵母の技術は後に日本全国へ広がり、お酒のコンクールである全国新酒鑑評会でも多くの蔵元がこの酵母を使うようになりました。
現在、日本醸造協会から頒布されている酵母にもラインナップされています。
ただ、この酵母を使えばどんな仕込をしても大丈夫というわけではなく、香りを上手に出すためにはこれまで以上に綿密な発酵管理が必要となります。いつの時代も、蔵人は日々の研鑚が必要でした。
もっと×2香りを!!
第1世代・香り酵母の誕生により、日本酒の香りはバリエーションが広がり、色々なタイプの日本酒を楽しめるようになりました。
しかし、カクテルやチューハイなどの香りの強いお酒が若い世代を中心に飲まれるようになり、日本酒でももっとはっきりした特徴があるほうが受け入れられやすい、という課題が出てきました。
(いくら香り酵母といっても、香りの強さで添加香料にはなかなか勝てません…。)
日本酒をより美味しくしたい、という研究開発者の探求心は尽きることなく、更なる研究を重ねていきます。
その結果、月桂冠では香りをもっとつくりだす酵母(こちらを、第2世代・香り酵母とします)を近年に産み出しました。
この第2世代・香り酵母を使うと、香りを作る量が増えるだけでなく、より華やかに感じるようなバランスの日本酒とすることができます。
もう少し詳しくお話ししますと、例えば吟醸香である酢酸イソアミルは、材料(イソアミルアルコールと言います)を酵母の体の中で変換してつくられます。
この材料は、適量であれば日本酒らしいまったりとした香りなのですが、多過ぎると重たい香りが目立ってしまい、酢酸イソアミルの華やかさを損ねてしまいます。つまり、吟醸香である酢酸イソアミルと、材料であるイソアミルアルコールが、どのくらいのバランスで含まれているのかが重要なのです。
第1世代・香り酵母は材料をたくさんつくることで、酢酸イソアミルをたくさんつくるという特徴があります。
上手に発酵させると華やかなお酒ができるのですが、材料(イソアミルアルコール)をたくさんつくらせ過ぎてしまうと、業界用語でいわゆる「香りのバランスが崩れた」日本酒となってしまいます。香り酵母の発酵管理が難しい理由もこのあたりにあります。
一方で、第2世代・香り酵母は、材料をたくさんつくるだけでなく、それを吟醸香に変換する能力が格段にアップしていました。結果的に、圧倒的に華やかさを感じやすい香りバランスの日本酒となります。
Gekkeikan Studioでは、月桂冠オリジナルの第2世代・香り酵母を使用することでこれまでにないようなフルーツ感を持たせているのです。
原料が米だけなのに、どうしてフルーツのような香りがする日本酒ができたのか、納得いただけたでしょうか?
日本酒の進化に向けて
発酵の技術を磨き、さらに第1世代、第2世代と香り酵母を育種することで、日本酒の香りは劇的に変化してきました。
しかし、私たちはまだまだ満足することなく、もっと日本酒を進化させるべく研究開発を進めています。
さらに吟醸香をアップさせた第3世代の酵母、あるいは酢酸イソアミルやカプロン酸エチルだけでない新しい香りの日本酒…Gekkeikan Studioとして皆様のお手元に届けられることを目指していきます。
今後ともGekkeikan Studioをよろしくお願いいたします。