ギャングスターの復活
私の親戚には、かつて「ギャング」と恐れられた女がいる。10こ歳下の従姉妹、みっちゃんだ。
彼女は赤子の頃ひどい癇癪持ちで、気に入らないことがあるとすぐに大声で泣いていた。
抱っこしてくれた人の額をペチペチ叩いて自分の方が上であると誇示し、
ぬいぐるみを貸せば、お前のものは俺のものと言わんばかりによだれでレロレロにしてマーキング。
一瞬の隙をついて強奪した包丁を振り回してギャングの素質をいかんなく発揮したかと思えば、
小さな身体には不釣り合いなほど溢れるエネルギーを持て余し、眠りながら自分の髪をむしり取って、親戚一同を震撼させた日もあった。
そんなみっちゃんは幼稚園に入る直前のある日、虫きりに連れて行かれた。
虫きりとは、癇癪を起こさせる「疳の虫」なるものを体外に追い出すという古い風習のことで、神社とか鍼灸院でしてもらえる。
もちろん本気で効果を期待して、というよりは思い出づくりのためといったノリだったが、これが思いのほか効果テキメンであった。
虫きりから帰ってきたみっちゃんは、別人のように静かになっていたのだ。
しかしそれは、何かとてつもなく恐ろしいものを見て放心状態になったかのような、何者かに魂を抜き取られたかのような、不気味な静けさだった。
自らも幼い頃に虫きりの経験があるみっちゃんのお父さんはじめ、周りの大人は時間が経てば戻るだろうと気にしていなかった。でも、私は心配で仕方がなかった。
何度声をかけてもゆすっても無表情。
絶対に絶対におかしい。
確かにみっちゃんはもう少し落ち着くべきだった。
だけどこの小さなギャングには、ちょっとしたことでもコロコロ笑い、私に懐いて甘え、お腹がいっぱいになると天使の顔ですやすや眠る、可愛い面もあったのだ。
「みっちゃん、好きなだけ額をペチペチしていいから、ぬいぐるみをよだれまみれにしても怒らないから、包丁振り回しても許してあげるから、元に戻ってよ!」
半分本気で、半分それはそれでやっぱり困るなァと思いながら、私は必死にみっちゃんにそう声をかけ続けた。
さて、結局みっちゃんが「鳴りを潜めて」いたのはたった2日間に過ぎず、その後は再びギャングの名をほしいままにした。
そんなみっちゃんも今では高校生、ギャングからギャルへと変身を遂げた。
私が遊びに行くたびに、
その髪の毛は芋臭いから色なり長さなりどうにかしろだの、
地元は低い建物ばかりで不満だの、
英語の先生のthの発音がわざとらしすぎて気に食わないだの、
相変わらずちゃーちゃーうるさい。
だけどいいのだ。
みっちゃんのお母さんによると、学校ではいがみあう子達の仲をとりもったり、ハブられている子に声をかけたりと、ある意味ギャングよろしくクラスという「島」を守っているのだと言う。
従姉妹の姉ちゃんとして、ちゃーちゃー甘えさせてあげることくらい、なんてことないのである。
2021.1.17投稿