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【日本ゴリラ化計画】上野編 トトの半生


ゴリラは人間の親戚。

彼らのおかげで私たちは人間をよりよく理解できるようになる。

@山極寿一さん



また行っちゃったよ。ゴリラに会いに。

10月某日の良く晴れた日、仕事に疲れたゴリラ大好き私え は、癒しを求めて上野動物園に行ってきた。
前回上野に行ったのは1月だったので、約9か月ぶりのハオコファミリーとの再会である。
癒しもあるが興奮も感動もある。それがゴリラ。
ゴリラはいつだって尊いのだ。

今、私は上野動物園の年間パスポートを買うべきかどうか、本気で悩んでいる。


上野動物園ハオコファミリーおさらい。
7人家族です。


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【ハオコファミリー激写】

ゴリラ放飼場に来るとモモコが高いところで休んでいます。
頭の後ろ半分がふんわりしてるの、ゴージャスですよね、モモコさん。


こちらは末っ子2歳のスモモ。
きゃわゆい。


1月に来たときは高所に登るのもヨイショヨイショだったけど、
もうこの日はスイスイ登ってました。
子どもの成長は早い。

木の枝をカジカジするモモコ41歳。


ふとした表情が京都のモモタロウに似てる。
やっぱり親子だなぁ。


次女モモカ。
草や野菜を集めてお食事中。


モモカ12歳、迫力ある体格になってきましたね。


モモカはお父さんハオコ似。
この目つきのわる……いや、目力の強さ、ハオコによく似ています。
(ガンつけるヤンキーに見えなくもない)


とにかく何しててもかわいいアイドル・スモモ。
人工哺育育ちですが、1年半前に群れに復帰。
みんなに可愛がられて群れになじんでいるようでよかった。


お父さんハオコ31歳。体重200㎏越え、巨体です。
7人家族のリーダー、忙しいね。


ハオコは東山のシャバーニのお兄ちゃん。
腕の毛がひときわモフモフしていてかっこいい。


カメラ目線のモモコを後ろで見ているのは誰だ?
ハオコ?


まるで脇息に左ひじをついた戦国大名のような、貫禄溢れるモモコ。
あんまり動かなかったので、ちょっとだるいのかもしれないね。


娘スモモを見る母モモコ。


スモモ大きくなったね。
手足が長くなって、元気いっぱい。


日陰でスヤスヤと気持ちよさそうにお昼寝していたリキ。7歳になったばかり。
京都のキンタロウと1歳しか違わないのに大きくて大人っぽい。
顔もイケメンですね。



写真を見返してみたら、長女・コモモ(14)の写真が撮れてなかったわー。

コモモはお母さんモモコ似の美人ゴリラ。
弟妹の面倒見のいいベテランお姉ちゃん。
今度会ったらぜひ撮らせてほしいな。




【やさしいおばさんゴリラ・トトの半生】


コンクリートでできた擬木の下にトトとスモモがいます。
トトのことが大好きでいつもそばにいるスモモ。


お昼寝中のトトにまとわりつくスモモ。
30分以上そばにいて離れようとしません。


しばらくトトのそばにいたスモモが出てきました。


スモモをやさしいまなざしで見守るトト。
事情を知らない人は、いつも一緒にいるトトとスモモをたいてい母子と間違えます。


トトは自分からスモモに触ったり捕まえたりしません。
スモモのしたいようにさせています。
それがスモモには心地良いのかも。


トトの背中に乗る時、背中を押して「行って!」
たたいて「降ろして!」と指示することもあるスモモ。
気の強いところもありそうです。


そんなスモモの言うとおりにしてやるやさしいトト。
ふたりのあうんの呼吸みたいなものを感じます。


木をごろごろ転がしながらひとりで遊ぶスモモ。



トトは1978年、アフリカのカメルーン生まれ。
野生生まれなので年齢は推定だ。

1979年、トトは静岡市立日本平動物園に来園。
その時の様子は日本平動物園のHP内「でっきぶらし」という飼育員が書くニュースペーパーを掲載したコーナーで読むことができる。

それによると、トトはカメルーンからロンドン経由で日本に来る予定だったが、ゴリラの国外への取引がワシントン条約に触れるのではないかという理由で、イギリス政府機関からの指し止めを受けたのだという。
違反していないことが判明して無事日本平動物園に到着したものの、トトは重度の栄養失調の状態。体重は1歳のゴリラの平均の半分以下だった。
日本に到着するまで日数がかかってしまった上に、空輸は運送物扱い。世話人が付き添うこともなかったというから、当時のゴリラに対する扱いは本当にひどいとしか言いようがない。

獣医と飼育員の世話で回復したトトだが、半年前に来園していた推定2歳の雄ゴリラ「ゴロン」とは体格差があってうまく遊べないため同居できず、オランウータンの子供と同居しながらゴロンとのお見合いを重ねる。
ようやく仲良く遊べるようになり、二人だけで同居できるようになったのはお見合いを始めてから1年9か月後のことだった。


その後、20年間仲良く過ごしてきたゴロンとトトだが、1999年、トトが繁殖のためのブリーディングローンで上野に行くことが決まった。

その後のゴロンのことが「でっきぶらし」に書かれているのだが、20年以上ゴリラを担当された飼育員さんの慟哭が聞こえるような、本当につらい内容で、涙無くしては読めなかった。

トトと入れ替わりにタイコがやってきた。ゴロンがタイコを初めて見たときの衝撃はすさまじく、 声を張り上げ、まさしく大暴れという他ないほどの興奮振りであった。20年間ゴロンを見てきた私でさえ、聞いたことのない声で、ほかの動物達もその声や音に驚いて、騒ぎ出すほどであった。ゴロンの暴れぶりは一時に納まらず、タイコの気配を感じるたびにその執拗な威嚇は続けられた。

ある日突然長年連れ添ったパートナーが姿を消し、いつ戻ってくるのだろうと待っていたらまったく知らない他の女が現れた。
そりゃそうだよね、ゴロン。
ショックだし、混乱するし、トトに会いたいよね。

そんな中、動揺したためかゴロンはけがを負ってしまう。翌年さらにけがを重ね、その怪我が悪化して衰弱し、ゴロンは亡くなった。
死後、ゴロンは心臓が奇形であったこと、白血球の数値が異常に少なかったことが判明。傷が治りにくい体質だったのだ。
さらに無精子症である事も。

20年間家族のように過ごしたゴロンに対する飼育員さんのつらい想いが伝わってきて、胸が締め付けられる。

いつの日かゴロンとの子供を抱いているトトの姿を夢見ながら、二頭の成長をしっかりと見守っていきたいと思っています。


ゴロンとトトが仲良く同居するようになった後のこの飼育員さんの言葉は、その後の結果を知れば悲しく思える。
けれど現在、トトが上野でスモモと母子のように穏やかに過ごす姿を、きっとゴロンは見守ってくれているのではあるまいか。


いろんな苦労をしてきたトト。
末永く、この穏やかな日々が続きますように。




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ジャイアントパンダのシンシン、リーリーは中国に帰ったが、
パンダ人気は相変わらず!


大きくて立派なヒグマだったんですけどね
なんで私が撮るとこんな微妙な感じになっちゃうんだろう……



上野動物園の年間パスポートを買うべきかどうか、悩んでいます……。





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