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【創作】ナイトメア


昼となく夜となく、もう何日も浅い眠りを続けている。
熱は下がらない。

ズン、ズン、ズン、ズン
ピー、ピーピー、ピー、ピーピー
ズン、ズン、ズン、ズン
ピーピー、ピーピー、ピー、ピー

規則正しい地響きと調子外れな縦笛の音が絶え間なく頭の中で鳴り続けている。
耐えがたい悪寒と体中の痛みにのたうちながら、ただただ時間が過ぎるのを待っていると、徐々に不快な感覚が薄れ深い湖の底にゆっくりと沈んでいくような心地よさに包まれてゆく。

ズン、ズン、ズン、ズン
ピー、ピーピー、ピー、ピーピー

あの音がしだいに遠くなる。
しんとした湖にどこまでもどこまでも沈んでいきながら、やがて私は意識を失った。


✳✳✳✳✳


気が付くと、そこは一面銀世界の山の中だった。

空はどんよりとした雲で覆われ、美しい雪の花を咲かせた樹々が遥か遠くまで見渡せた。
風もなく人影もない。不思議と寒さは感じない。
くねくねとしたヘアピンカーブの道路が山頂まで続いており、途方に暮れた私は明るい方へ向かって歩き始めた。

どれくらい歩いただろうか。
後ろからバスがやってきて私を追い抜こうとする。
「待ってください、待ってください」
手を挙げて呼びかけると、バスは私の横で停車した。

バスはほぼ満員だった。
老夫婦、家族連れ、一人で乗っている人もたくさんいる。
子供たちだけのグループもいて、楽しそうにはしゃいでいる。
一人の男の子の肘がひどい擦り傷で真っ赤になっている。

一番後ろの席に座ろうとしたとき、端に座っているのが祖母だと気付いた。
隣には白いワンピースを着た女の子がちょこんと座っている。
「おばあちゃん」
声を掛けると、祖母は青みがかった瞳を見開いて驚いたように私を眺めた。
「みーちゃんかい、どうしてこんなところにいるんだい」
「わかんない」
「元気なのかい」
「よくわかんない」
久しぶりに会えた祖母といろいろ話したいのに、祖母は目の前の停車ボタンを押して「早く降りな」と小声でささやいた。
「もう降りられないよ」という運転手の低い声に、
「この子は間違えて乗っちゃったんだよ。早く降ろしなよ」と祖母が食って掛かる。
「あたしも降りたいよう」
白いワンピースの女の子が私の膝の上に頭を乗せて上目遣いにこちらをじっと見つめる。
「お前はおばあちゃんと一緒にいるんだよ」
祖母に言われて拗ねる女の子の頭をなでてやる。

次のカーブで停車したバスから降りると、私はまた元の銀世界に取り残された。
まるでおもちゃのようにヘアピンカーブを走っていくバスを目で追っていた、その時だった。
バスは三つ目のカーブを曲がり切れずに、車体をガードレールにこすりつけて嫌な音をたてたかと思うと、崖側に大きく傾き、そのままゆっくりと転落していった。雪の花を咲かせた樹々の中にゆっくり、ゆっくりと、花をまき散らしながら吸い込まれていくバスを、私は映画を観るように、無表情に眺めていた。



✳✳✳✳✳



目が覚めると熱は嘘のように引いていた。

カーテンを開けると、部屋に朝のまぶしい光が降り注ぐ。
ぐっしょりと汗で濡れた服を着替えると、久しぶりに空腹を感じた。
祖母の夢を見たような気がするが、もう記憶は曖昧だった。
ただ、女の子の頭を撫でた感触は右手にまだ残っている。

膝に感じた生温かさ、柔らかなからだ、私を見るあの丸い瞳。


あの子は、昔飼っていた猫に違いなかった。





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