幸運を運ぶ、四つ葉のクローバー(t⭐︎w⭐︎s⭐︎t夢)



——【ナイトレイブンカレッジ】とは、優れた魔法士を養成する魔法士養成学校である。他の学校と違うことが一つだけ存在する。七つの各寮を監督する『寮母』である。学園長や教師達とは違う立ち位置から生徒達を見守る人物だ。男子校で女性が寮母というのも珍しいの思かもしれないが、学園長曰く、特例で『寮母』の任に就いたらしい。ゴースト達を取りまとめ、いつ休んでいるのかも誰にも悟らせない。優秀で万能過ぎる人物である。淑女としては申し分なく、いつも驚かされることばかりである。

各寮の寮母でもあるが、学園長の秘書や図書室の司書、あるいは、用務員がやる仕事までこなしている。とても有能な人材である。学園長から彼女の説明を受けたトレイ達は、彼女の外見に興味を抱いた。彼女が何者なのか、確かめたいと思ったかもしれない。それは、好奇心のような、度胸試しだったかしれない。

「…まぁ、こんなところか。」


  とある晴れた日の午後、当時二年生だったトレイ・クローバーは『何でもない日』のパーティーにむけて準備に追われていた。トレイの幼馴染であるリドル・ローズハートが前寮長に勝利し、新しい寮長になってから日課となっている作業である。ハーツラビュル寮の庭で白い薔薇を赤に塗る魔法をかけている時だった。

「ねえ、白を赤に塗っているの?」

トレイしかいない筈の薔薇の植木付近から女性の声がしたような気がする。後ろを振り返ると、そこには、魔法で薔薇を赤く染めているトレイの行動に目を眇める女性が立っていた。左頬に浮かぶクラブの刺青。トレイ・クローバーへ与えられたスートと同じであり、偶然か、必然か二人は共鳴するように出会ってしまった。

眇められた薔薇色の眼にドキッと緊張し驚くトレイだったが、女性の姿が左頬に刻まれたスートを目にし、もしかして彼女が学園長が言っていた『寮母』なのだろうか?と考えこんでいると薔薇色に煌めく瞳と目が合った。年齢は二十代後半くらいだろうか。学生にも見えない。薔薇色の瞳、左頬にはハーツラビュル寮生と同じ「スート」に似たクラブの刺青が刻まれている。ジャスパーグリーンの長い髪を左サイドに高く結いあげ、三つ編みに束ねられていた。四つ葉のクローバーの髪留めが特徴的である。


この場にいるには、アイビーのような緑色の短髪男とジャスパーグリーンのような長い髪を三つ編み女である。


「どちら様ですか?学生という訳ではなさそうですね」

「御機嫌よう、いい天気ね。わたくしはクロイツ・シュピールカルテンというの。白い薔薇を赤く塗っているの?」

「え?·····あ、ああ。そうですよ、明日は我が寮伝統の『何でもないのパーティー』ですから。俺は、二年のトレイ・クローバーです。ひょっとして、貴女が例の寮母さんですか?」

——『例の寮母』という単語にピクリと反応したが、すぐにニッコリと微笑みを浮かべるクロイツ。ん?よく見ると背が高い?170cm以上はあるだろうか。モデル並のスタイルかもしれない。クロイツは丁寧にお辞儀をし、スタスタとトレイに歩み寄ってくるではないか。近くで見るとトレイと身長差がないことにきょとんとしてしまった。


「あら、貴方、わたくしと同じ箇所にあるのね」

——何が?と返答する前に、スっと白い手袋を付けた片手がトレイの左頬にあてられる。

「…!?あ、あの‥、クロイツさん?」

クロイツはトレイの左頬に自信の手を添えているではないか。あまりにも自然と行われたボディタッチに驚いてしまう。トレイの左頬に触れていると親近感のような、懐かしそうに微笑みを浮かべる。顔が近くなり、これが俗にいう、キスする数センチというやつなのだろうかとトレイは思わず眼鏡がズレ落ちかけたが、ハッと我に返り、正常にカチャっと掛け直した。

「あら、ごめんなさい。わたくしと同じ箇所にマークがあったものだから‥つい、触ってみたくなったのかもしれないわね」

クロイツはトレイの反応を感じとり、謝る素振りを見せるも、くすくすと笑みをこぼした。トレイのスートに親近感のような、懐かしさを感じたからであろう。

「わたくしも手伝って構わないかしら?なんだか、この作業は懐かしい気持ちになるのよ」

「手伝っていただけるのであれば、俺としては助かります。何分、時間がないもので“この作業”が終わったら、早くケーキ作りに取り掛からないと·····」

「まぁっ!!ケーキですって?貴方がケーキを作るの?わたくし、甘いものには目がなくて、とっても大好きなのよ♪」

【ケーキ】という単語にパァっと表情が明るくなるクロイツ。まるで可憐な女の子のようである。無邪気な表情にトレイの瞳が瞬く。学園長から聞いていた話と少し異なっているのではと思った。厳格な女性といえば、ハーツラビュル寮寮長であるリドル・ローズハートの母親が脳裏をよぎったが、クロイツは違うらしい。トレイに姉はいない。もしも、トレイに姉がいたならクロイツのような人だったのだろうか?―――きゅんっと心臓が動いたような気がした。ん?なんだ?と手を自信の胸に手をあてるトレイ。

「なら、味見をしてくれますか?」

「ふふっ、喜んでお手伝いさせてもらうわね。」

ハーツラビュル寮を訪れる度にハートの城を思い出してしまう。ハーツラビュルの寮生とも白い薔薇をペンキで赤く塗ってみたりもしたという。クロイツは魔法が使えない。手動ではあるが、完璧であった。

——クロイツ・シュピールカルテン。後にハートの女王のルールで特例制度が追加された。ハーツラビュル生は『クロイツ・シュピールカルテンを“姉さん”と呼ぶこと』全てはクロイツがトランプ兵であり、違う世界でハートの女王を支えていたというのが大きな理由である。姉のように、母のように見守って欲しいという意味合いもあったのかもしれない。このルールは、寮長であるリドル自身が決めたことである。

年齢が二十八になった頃、転機は訪れる。クロイツが居た世界『ハートの国』では、弾かれた者は、元の軸には戻れないのがルールであった。けれど新たに舞い降りた「監督生」の存在が、捻れた歪みを正しい方向へ導いていく未来が来るのは、そう遠くないのかもしれない。

——月日は流れ、三年生になったトレイ・クローバーの心に変化が訪れた。ああ、この気持ちはどう表現すればいいのだろうか。胸が熱く、言葉にしてしまえば、砕けて壊れてしまいそうな気持ちであった。

特別な言葉。

  口にすれば消えてしまうかもしれない、泡のようにブクブクと。気づきたくなかった。気づいてしまえば、終わってしまうのかもしれない。最初は·····近づきにくい人だと思った。手厳しい人だと思った。何事も先入観で考えるのはよくないのだが、彼女は普通の女性とは違う雰囲気を纏っていた。

「姉さん、泣かないでくれ――帽子屋さんは此処にはいない。俺は・・・あの時から姉さんに焦がれていたんだ。帽子屋さんにとらわれた姉さんには、俺の声は届かないかもしれないが、これ以上、姉さんが泣く姿をみるのは耐えられないんだ!!」

  たった一言、好きだと言えたら・・・どんなに楽だっただろうか。最初は単なる興味本位だった。同じ立場だからと自身の想いを誤魔化し続けた結果、一年も年月が過ぎていた。クロイツの笑顔をもう一度、振り向いて欲しかった。帽子屋ファミリーのボス「ブラッド・デュプレ」や甘いスイーツにではなく「トレイ・クローバー」という面倒くさい男に振り向いて欲しかったのだ。鏡の間でいつも涙を流すクロイツを前にし、トレイは胸に秘めていた感情をクロイツにぶつけるのだった。


つづく