創作怪談 「フランス人形爺さん」

 これは、長谷川さんという方から聞かせて頂いた話。

 長谷川さんは、大学を卒業するまで、神奈川県で家族3人で暮らしていたそうです。2階建ての一軒家に長谷川さんと御両親。長谷川さんの家の隣には、友田さんという一人暮らしのお爺さんが住んでいたんですが、このお爺さんが近所でも有名な、いわゆる“名物おじさん”だったそうです。かつては、雷おやじと呼ばれる人が全国に多く居ましたが、そのお爺さんは“フランス人形爺さん”と呼ばれていたそうです。
 散歩が趣味らしく、散歩している姿をよく見かけた。その手にはいつも、白いドレスを着たフランス人形を抱いていた。長谷川さん、小学生の時に、どうしていつもフランス人形を抱いているのか聞いた事があるそうです。おじいさんは
「私には、霊感がないんだ。70年以上生きて来たけど、幽霊なんか見たことがないし、心霊体験もしたことがない。でもね、私は昔から怪談が大好きでそういう体験をしてみたかった。そこで思い付いたのが、“人形を可愛がる”ということなんだ。人形を可愛がり続けると魂が宿るって昔から言うだろ?だからこのフランス人形を可愛がっているんだ。もう20年位経つかな?でもね、今は心霊体験をしたいとか、そんな事はどうでも良いんだ。今はただただ、この人形が可愛くて仕方がないんだよ。恥ずかしいから、この話は皆には内緒だよ」
と話してくれたそうです。
 普通であれば、変わり者のお年寄りというのは、近所から腫れ物扱いされることが多いですが、フランス人形爺さんはとても愛されていたそうです。フランス人形を常に持ち歩いていることを除けば、どこにでも居る優しいお爺さん。挨拶をすると笑顔で返してくれる、公園で遊んでいるとお菓子を持ってきてくれる。長谷川さんの両親は、家が隣同士という事もあって、一人暮らしのお爺さんを心配して週に何度かお爺さんの家を訪ねていたそうです。話相手になったり、自分達の買い物のついでにお爺さんの買い物もしたりとお爺さんの事を気にかけていた。
 そんな、近所の人から愛されていたフランス人形爺さん、81歳で亡くなってしまった。長谷川さんが中学3年生の時と言っていました。第一発見者は、長谷川さん。長谷川さんは、お爺さんが散歩しているのを1週間近く見ていないうえに、3日前にお爺さんの家に行った母が「元気無いみたいだった」と言っていたのを思い出して、心配になって家に様子を見に行った。
 インターフォンを押しても、お爺さんは出てこない。玄関の扉を開けたら、カギは掛かっていなかった。玄関に入ってお爺さんの名前を呼ぶが、返事は返ってこない。「入りますよ」と言い、家に上がってお爺さんを探したら、寝室のベッドで冷たくなっているのを発見した。どうしていいか分からず、取り敢えず近所の人に来てもらって、そして救急車を呼んだそうです。

 葬儀には、お爺さんの家族や親族、そして長谷川さんを含めた近所の方々が参列した。葬儀終了後、参列した近所の人達が、お爺さんの息子さんによって集められた。何事かと思えば、お爺さんが近所の方々へ向けて手紙を遺していたらしい。息子さんは
「葬儀の中で読もうかと思ったんですが、葬儀中に読む様な内容でもないと思ったので、終了した後にお時間を取らせて申し訳ないのですが、この場で代読させて頂きます」
と言って、お爺さんの手紙を読み始めた。
 手紙の内容を要約すると、まず初めは、近所の方に対する謝罪だったそうです。
「いつもフランス人形を持ち歩いていて不気味でしたよね」
「不快な思いをした方もいらっしゃるかと思います」
「大変申し訳ございませんでした」
という謝罪。
 その次に書かれていたのが、人形の事。
「このフランス人形は、私が可愛がり過ぎたせいで、念や魂が宿っているかもしれない」
「不吉なことをもたらすかも知れないから、棺に入れて私と一緒に焼いて欲しい」
というお願い。
 そして最後は、「こんな年寄りに優しくしてくれてありがとうございました」と感謝の言葉で締められていたそうです。
 息子さんは、フランス人形の事を全く知らなかった様で
「僕の父、フランス人形を持ち歩いたりとか、そんなことしてたんですか?寝室に見たことない人形あったから、『これ何だろうな』と思ってたんですけど…」
と困った様に聞いてきた。皆が頷くと、息子さんは、呆れた様にため息をついた後、深く頭を下げ
「父がご迷惑をおかけしました」
と謝罪した。すると、近所のおじさんが
「いやいや、誰も迷惑なんてかけられていませんよ。誰にでも優しく接してくれて、本当に尊敬出来る方でした。だから謝らないで下さい。人形は、友田さんの言う通り棺に入れて一緒に供養してあげましょう」
と言った。しかし、そのすぐ後、長谷川さんなぜか
「あの人形欲しい」
と言ってしまったそうです。長谷川さんは、なぜあの時にあんな事を言ってしまったのか、未だに分からないそうです。別に欲しい訳ではないのに、そんなことを言ってしまったので驚いた。しかし、それを聞いた他の人は、長谷川さん以上に驚いた。それは当然の事で、故人が大切にしていた物を「欲しい」だなんて非常識にも程がある。両親は、慌ててお爺さんの息子さんに謝罪した。その姿を見て「ハッ」とした長谷川さんも一緒に頭を下げる。お爺さんの息子さんは
「頭を上げて下さい」
と言った後
「私も、父が大切にしていた物を燃やしてしまうのは気が引けるな、なんて思っていたんです。燃やしてしまうくらいなら、誰かに貰ってもらった方が良い。父も本当はそう思ってるはずです」
そう言うと、長谷川さんに向かって
「だからあげるよ!大切にしてね!」
と言った。そして、お爺さんの寝室からフランス人形を持ってきて「はいどうぞ!」と長谷川さんに渡す。長谷川さんは、「こんな物貰っても…」とは思ったが、本心ではないにしろ「欲しい」なんて口走ってしまった以上「いらない」とは言えない。「大切にします」と言って受け取った。

 貰った後は、自分の部屋の使ってないタンスに人形を入れて、出来るだけ視界に入らない様にしていた。大学を卒業するまで、人形はずっと同じ場所に仕舞っていたそうです。
 大学卒業後は、東京の会社に就職する事になった。引っ越しの荷造りをしていると母親から「あの人形持っていってね。置いていかないでね」
そう言われた。やはり両親も、人形の事は不気味に思っていたらしい。「分かった」と言うと、人形をダンボールに入れた。
 そして入居当日。ダンボールを開け、実家から持ってきた服等を衣装ケースに仕舞っていると、あの人形が目に入った。手に取り、この人形どうしようかと考えていると、お爺さんの手紙を思い出した。手紙には「不吉なことが起こるかもしれない」そう書いてあった。しかし実家に居た頃は、不吉なことや事故は1つもなかった。「不気味だ」と言ってずっと遠ざけてきたが、考えてみれば普通の人形。見た目も可愛らしい。部屋に飾るのも悪くないと思い、衣装ケースの上に人形を座らせた。

 そして迎えた、新社会人の春。慣れない都会生活の中で初めての一人暮らし。緊張どころか不安だらけの入社式、新入社員研修。忙しくはあるが、それなりに平和な新生活だった。
 入社して4ヶ月程たったある日。長谷川さんの会社は、ビルの10階にある。長谷川さんは、運動の為にエレベーターは使わず、いつも階段を使用していたそうです。その日は仕事が終わると、先輩と雑談をしながら階段を降りていた。しかし、話に夢中になっていたせいか、途中でつまずいた。そして、踊り場から次の踊り場に叩きつけられる様に落ちていってしまった。その際、右ひじを強く打ったそうです。反射的に叫んでしまった長谷川さんですが「あれ?」と思った。たしかに右ひじを強打したはずなのに“じんじん”と軽く痛む程度で、骨にひびが入ったとか、折れたという感覚が全くない。
「大丈夫か!?」
と駆け寄る先輩に
「大丈夫みたいです」
と言いながら、ひじを曲げたり伸ばしたりして見せる。ただ、後から痛みが増して来たり、腫れてきたりしても良くないので、先輩に付き添われ病院に行くことにした。ただ、やはりレントゲンを撮っても骨に異常はない。医師からは「本当にそんな転び方したの?」
と疑われる始末。
 “運が良かった”と自分の中で結論付け、家に帰る。ふと人形の方を見ると、その光景に驚いた。人形の右腕がもげている。普通であれば「どうして?」と疑問を抱く場面であるが、長谷川さんには心当たりがあった。「この人形のおかげで俺は大怪我をせずに済んだのか」そう思うと、不気味だと遠ざけていた事が申し訳なくなった。そして、この人形を可愛がっていたお爺さんにも申し訳なくなり、その日から長谷川さんは人形のお手入れを定期的にするようになったそうです。すると、それが良かったのか、仕事では長谷川さんの考えた企画が通ったり、プライベートでも素敵な女性と出会えたりと嬉しい出来事が連続した。「あれもこれも人形のおかげ」そう信じた長谷川さんは、リビングに簡易的な祭壇を作り、そこに人形を祀るようになった。
 しかし、右ひじの件から約1年と半年後。自分の周りで異変が起きている事に気が付いた。職場の同僚や、同じマンションの住人など、長谷川さんの近くに居る人が立て続けに事故にあったり、人によっては事件に巻き込まれたりするようになった。最初は偶然かとも思ったが、自分の住む部屋の階で2件も殺人未遂が起きてしまっては偶然の出来事で片付ける事は出来ない。長谷川さんの人形に対する恐怖心は、日に日に大きくなっていった。
 右ひじの件から約2年3ヶ月後。とうとう死者が出てしまった。同僚の男性が信号無視の車にはねられた。通夜の帰り、長谷川さんはとある事に気が付いた。一連の不幸の原因があの人形にあるのならば、自分にも何らかの不幸が訪れるはずである。むしろ、所有者なら人形の祟りを1番に受けてもおかしくはない。それなのに自分には何もない。さらに、付き合って2年になる彼女も平穏な日常を送れている。おそらく、自分と彼女は守られている。そんな気がした。長谷川さん、ずっと彼女との同棲を考えていたそうです。しかし、この人形が居る部屋に彼女を招く事で、彼女にどんな危害が及ぶか分からない。そればかりを考え、同棲どころか今まで家に上げる事も出来なかった。しかし、この人形は彼女の事も守ってくれている。それが分かったので、彼女に同棲の提案をしたそうです。彼女は快く引き受けてくれて、2ヶ月後には同棲生活が始まった。長谷川さん、彼女には1度も人形の話をした事がなかったため、初めて祭壇を見せた時は大変驚かれた。しかし、長谷川さんが「僕たちはこの人形に守られている」という事を力説すると、彼女も納得した様で、今では2人で人形を可愛がっているそうです。2人で人形を可愛がっていると、長谷川さんの周りで起きていた数多くの事故や事件は少しずつ数を減らしていった。その代わり、彼女の近くに居る人達の間にも、事故や事件に巻き込まれる人が出てきたという。


 ここまで話をしてくれた長谷川さんは
「人形に魂が宿るのって、可愛がった時だけなんですかね?たしかに、可愛がればその分良い魂が宿ってもおかしくはないと思います。ただそれなら、酷い扱いをした時は良くない魂が宿っても不思議ではないですよね。最近気づいたんですけど、あの人形の1番最初の持ち主って多分お爺さんじゃないんですよ。おそらくお爺さんは、中古品の人形を買ったんでしょうね。そして、人形を売った1番最初の持ち主は、呪いか何かに人形を使っていたんだと思います。彼女が、人形に新しいドレスを作ってくれたんで、着せ替えの時に初めて人形の服を脱がせたんですよ。そしたら、人形の背中に人の名前が書いてありました。呪いが成就したか失敗したかは分からないですけど、用済みになった人形は中古品として売られた。そんな事したら人形は怒りますよね。人形には、憎悪の様な良くない物が溜まっていった。しかし、次の持ち主のフランス人形爺さんが可愛がってくれたおかげで、溜まっていた憎悪が暴走する事はなかった。逆に、愛情によって良い魂が人形に宿った。その良い魂の力によって、僕は階段から落ちた時に守られた訳です。ただ、その力も弱まっていった。となると、次に待っているのは、憎悪の解放ですよね。それが、何年も続いている今の状態なんです。この良くない力、長いこと続いてますけど、最初の持ち主は一体どれだけ酷い事したんでしょうね」
そう言った。私が
「今までの不幸の原因が人形の仕業って分かっているなら、お祓いとかした方が良いんじゃないですか?」
と言うと彼は
「お祓いって事は、あの人形の力を失くすって事ですよね?そんな事する訳ないじゃないですか!僕たちは、あの人形に守られているんです。そして、僕達は人形を可愛がる義務があるんです。僕達、結婚するんですけどね、子供を作るのは難しいって言われたんですよ。特に僕が無精子症らしくて。これって偶然だと思います?僕はね、これも人形が原因だと思ってます。だって、子供が出来たら必然的に人形に構う時間も減るじゃないですか?それが嫌なんでしょうね。人形も嫉妬するって言うじゃないですか」
ここまでくるとオカルト的な怖さではなく、ヒトコワ的な恐怖も感じてしまう。私は説得を続けた。
「関係ない人が人形の呪いに巻き込まれてるって事ですよね?それで得られる平和な日常って、健全な物なんでしょうか?」
「大丈夫ですよ!人形の暴走もじきに止むでしょう。実際、フランス人形爺さんが愛情を注ぐ事で、一時的に暴走は抑えられていた訳ですし。それどころか、僕に幸運を与え、守ってくれた。このまま僕達が愛情を注ぎ続ければ暴走も止まって、再び幸運が訪れるんですよ。仮にそうならなかったとしても、呪いの暴走が僕達に降りかかるのとはないんで安心です!」
これ以上の説得は、私自身に危害が及ぶ可能性もあると判断し止める事にした。最後に彼は
「これからも無責任に人形を可愛がり続けますよ!」
そう言うと、ずっと膝の上に乗せていた人形をギュッと抱きしめた。

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