ショートショート 「公園」
公園のベンチに座って読書をするのが好きだ。勉強で溜まったイライラがスーっと解消されていく。公園で遊ぶ子供達の賑やかな声を楽しみながらの読書。書斎でクラシックを聴きながらする読書なんかよりよっぽど優雅だ。
キャッチボールをする人、子供連れの家族、ベンチに座って弁当を食べる人…。2週間前に引っ越してきて、およそ10日前に見つけた公園。それから毎日このベンチに座って読書をし、たまに公園の様子をチラ見する。そんな日課を続けて、気づいた。毎日同じ光景を見ていたことに。
違和感に気付いたのは、ベビーカーを押しながらママ友同士で喋っている女性の会話だった。毎日同じドラマの、同じ回の話をしていた。その事に気付いてからは、注意深く公園の様子を窺うことにした。記憶違いがあってはいけないので、一応写真も撮って。スマホに映っているのは、昨日の午後2時34分の写真。写真の真ん中では、赤い服を着た男の子と黒い服を着た男の子がキャッチボールをしている。写真の右端にある滑り台に登った年少さん位の女の子は、高さに怯えた様な顔をしている。風に転がるコーヒーの空缶。この写真の大きな情報はこれくらいだ。まもなく午後2時34分。昨日写真を撮った時から丁度24時間。俺の正面では、当たり前の様に赤い服を着た男の子と、黒い服を着た男の子がキャッチボールをしている。風が強めに吹いて何かが転がる音が聞こえる。ブランコの方では、“ユウダイ先生”という人への悪口が聞こえてくる。聞き覚えのある悪口だった。毎日聞いているから。
カシャッ
割りと大きなシャッター音がなる。分かりきっていた事ではあるが、やはり昨日の写真と全く一緒だった。こんな不可解な出来事を「分かりきっていた事」の一言で済ませてしまう自分に寒気がした。厳密に言えば全く一緒の写真という訳ではないのだが。昨日の写真は、撮る際に自分の指が少し映り込んでしまったが、今日はそんなミスはしなかった。
毎日同じ事が繰り返される公園。そんな公園に毎日来てしまう自分も、このループのメンバーになってしまっているかの様な気がしてゾッとした。公園で読書をするのは好きだが、こんな不気味な公園で読書に集中できる訳がない。「明日からは喫茶店で読書する事にしようかな」なんて考えながら、殺人事件の犯人がいよいよ明かされるであろう次ページを開く。目に入ったのは、犯人が明かされるであろう184ページではなく、新谷 恭介という人物のアリバイが証明された152ページだった。次の瞬間、昨日まではなかった大勢の人影が目の前に現れた。
「明日も来るんだよ」
「え?」
「平和な時間を永遠に続けるんだよ」
「この瞬間は争いは起きない」
「読書はちょっと可愛そうだね」
「写真上手に撮ってね」
「え…?あ…あの…」
「毎日読むペースバラバラなのは、なんで?」
「あ…ごめんなさい…」
争いの起きない公園。いくら読んでも分からない犯人。そろそろ迷宮入りになるかも知れない。新しい事件を欲する自分。午後2時35分に鳴ったシャッター音に視線が集まった。
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