創作怪談 「日めくりカレンダー」
「俺、ソウルメイトの弟になったんだ」
友人の山本君はそんな不思議な事を言って来ました。
彼には、2ヶ月前に知り合ったばかりの同い年の青井さんという友人が居るそうです。山本君がバーで1人で飲んでいると、青井さんが話し掛けて来て、それが切っ掛けで仲良くなった。山本君は元々人付き合いが苦手で、人との距離を縮めるのに凄く時間がかかる。私も、彼から“友達認定”して貰うまで相当時間が掛かりました。しかし、不思議と青井さんとは数十分語り合っただけで打ち解ける事が出来た。こんな事は初めてだったので、「俺もしかしたら、ソウルメイトと出会えたのかも」と嬉しく思ったそうです。それからは、週1回のペースで呑みに行く関係になった。
その日も、いつもの様に駅で青井さんと待ち合わせをしていたそうです。『東口で待ってます』とラインをすると、すぐに『了解!』と返信が来る。青井さんが来たのは、その約5分後。駅前の居酒屋に入り乾杯をする。その日もやっぱり会話が弾んで、飲み会が盛り上がる。当然1軒で終わる訳もなく、いつもの様に2軒目、3軒目とハシゴする。山本君、普段はどれだけ飲み会が盛り上がっても、終電には間に合う様にしていたそうです。しかし、その日は時間の事なんかすっかり忘れていた。「あっ…」と思った時には、終電はとっくに出発している時間だった。
「終電逃しちゃった~」
と言うと、青井さんが
「俺の家に来れば良いじゃない!」
と言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。お店を出て、青井さんの家に向かう。青井さんが駅の近くに住んでる事は知っていたのですが、どこに住んでいるのかまでは知らないので、ちょっとワクワクしながら着いて行った。青井さんは、駅から徒歩10分程の所にある高層マンションの前で立ち止まり
「ここの7階」
と言った。山本君は
「こんな良いところに住んでるの!?」
と驚いたそうです。
部屋にお邪魔すると、壁に飾られた絵画や奇抜な形のオブジェが目に飛び込んでくる。派手ではあるが、どこか落ち着いた雰囲気のある部屋。「お洒落な部屋だな~」なんて思いながらリビングを見渡していると、部屋の南側に仏壇の様な物がある。同居人で亡くなった方が居るのかなと思い
「お仏壇に手合わせてもらうね」
と言い、仏壇の前に正座する。ワインとワイングラスをもった青井さんが横に来て
「弟なんだ。タモツって名前」
と説明してくれた。
山本君は手を合わせ
「お兄さんと仲良くさせて貰ってる山本と申します。今晩お世話になります」
と心の中で言ったそうです。その後は2人で呑み直し、「そろそろ寝よう」となったのが深夜2時30分頃。青井さんからパジャマを借り、寝室としてとある部屋に通された。その部屋、弟のタモツさんの部屋だったそうです。
「ちょっと気味悪いかも知れないけど、多分何も起きないから大丈夫だよ。もう何年と使ってない部屋だけど、掃除はしてるしさ。布団とかシーツもちゃんと洗濯してるから綺麗だよ」と青井さんが言う。しかし、「何年と使ってない」「掃除してる」と言っている割には、妙に生活感のある部屋に違和感を覚えた。
机には漫画や文房具が置いてある。三段の棚には、アニメキャラクターのフィギュアや、ゲームソフトが並んでいる。それに、いくら大切な弟の部屋とは言え、亡くなった人の部屋のベッドメイクまでするだろうか?色んな疑念が浮かび上がる。そんな彼の心情を察知したのか、青井さんは
「部屋は出来るだけ、弟が亡くなった時と同じ状態のままにしてるんだ。勝手に物を移動させられるのも嫌でしょ?ほら、壁の日めくりカレンダーもあの日のまま。2016年の4月13日。あの日が弟の命日。ベッドメイクしてるのはね、いつ弟がこの部屋に戻ってきてもすぐ眠れる様にするため。日本では、お盆の時期に故人が戻ってくるって言うでしょ?でもさ、俺は、故人が戻ってくるのって本当にお盆の時期だけなのかなって思うんだよね」
そんな話をしてくれた。しかし山本君は、その説明にいまいち納得がいかなかった。納得は出来なかったものの、仕事で疲れていたのと、酔いが回っていたのもあり、疑念は掻き消してタモツさんの部屋にお邪魔した。ベッドに横になると、青井さんの
「おやすみなさい」
という声が聞こえたので
「おやすみなさい」
と返す。
次に目を覚ましたのは、朝の7時をちょっと過ぎた頃だったそうです。青井さんは既に起きているのか、朝食を準備している様な音が聞こえる。まだ酔いが覚めきらない山本君でしたが、とある光景を見て一気に酔いが覚めた。その光景とは、壁に掛けられた日めくりカレンダーの日付。2016年4月14日。床には、2016年4月13日のカレンダーが落ちている。酔っていたため、どうやら無意識にめくってしまったらしい。「どうしよう!」と心の中で叫んだ彼。頭の中には“謝罪”という選択肢はなく、「どうにか誤魔化せないかな」と考えてしまった。ふと机を見ると、セロハンテープが目に入った。「これだ!」と思った彼は、セロハンテープで日めくりカレンダーを補修し、何事もない様な顔でリビングへ向かった。
リビングでは、すっかり朝食の準備が出来ており、青井さんがコーヒーを淹れている。「おはよう」とお互いに挨拶を交わす。山本君は、タモツさんの仏壇の前に正座した。もちろん朝の挨拶をするためではない。「ごめんなさい、許してください」心の中で呟く。青井さんに直接謝罪する勇気は無かったため、弟さんの仏壇の前で懺悔することで、謝罪をした事にしようとしたのだ。
「おはようございます!」
と改めて元気よく挨拶をしテーブルに着くと、トーストと目玉焼き、ソーセージ、そして青井さんが淹れてくれたコーヒーを頂く。楽しく会話をしたはずだが、何を話したかよく覚えていない。後ろめたさで頭の中はいっぱいだった。朝食は、いつの間にか完食していた。
一刻も早くこの家を出たい彼は、スマホをいじりながら
「あっ!」
とわざとらしく大声をあげた。
「どうしたの」
「今日土曜日だけど会社行かなきゃ」
下手な小芝居を打ち、タモツさんの部屋に脱ぎ散らかしていたスーツに着替える。
「大変だね」
と言う青井さんの声に適当に返事をし、カバンを持つと足早に玄関へ向かう。コーヒーカップを持ったまま見送りしてくれた青井さんに礼を言う。
「気をつけてね」
という声に会釈で返事をして部屋を出た。
早歩きで駅まで向かう。取り敢えず、あの場でバレるという最悪の事態は逃れる事が出来た。ホッと胸を撫でおろす。安心して身体の力が抜けると、今まで気づかなかった違和感に気づいた。財布はいつもズボンの尻ポケットに入れているのだが、財布が入ってる感触がない。慌てて確認すると、案の定ポケットには何も入っていなかった。ここに来る途中で落としてしまったのか、青井さん宅に置いてきてしまったのか…。可能性としては後者の方が高いだろうが、あの部屋に行く気にはなれなかった為、電話をして確認して貰うことにした。スマホを取り、ラインを開く。すると、彼からのメッセージが1件届いていた。時間的に、部屋を出た直後にメッセージを送ってくれたらしいが、その内容に山本君は固まってしまった。
『何時頃帰ってくる?昼食は用意してた方が良い?』
まるで、同居している人間に送る様な文。山本君は初め、日めくりカレンダーの件がバレたのかと思ったそうです。破れた日めくりカレンダーに気づいて怒った青井さんが、怖がらせるために、生前のタモツさんに送っていたようなメッセージを送ってきた。そんなところだろうと思った。「やっぱり隠し通せるわけないよな」そう思った彼は『ごめんなさい。今から謝りに行きます』とメッセージを送り、マンションへと向かった。
部屋の前に着き、インターフォンを押すとスピーカー越しに青井さんの声が聞こえる。
「あれ、お前鍵持ってないっけ?持ってくの忘れた?」
様子がおかしい。
「え…持ってないけど…」
「まぁいいや。今開けるから待ってて」
何がなんだか分からない。何が起こっているのか考える間もなく扉が開けられたが、青井さんの次の一言で、自分の日常に異常が起きた事を理解した。
「タモツ~、変なライン送ってくんなよ。何だよ『謝りに行きます』って。というか、仕事はもういいの?まぁ、土曜日だもんな。ゆっくり休めよ」
部屋に戻ろうとする青井さんを眺めながら、呆然と立ち尽くす。
「タモツ?どうした?入れよ」
ここで逃げて自分の家に帰れば、日常が戻って来るかもしれない。しかし山本君、青井さん宅へ上がった。どうしても確かめたい事があった。日めくりカレンダーと仏壇、あれが今どういう状態になっているのか。
靴を脱ぐと、真っ先にタモツさんの部屋へ向かう。ドアを開けて、日めくりカレンダーがかけてある壁を見た。案の定カレンダーの日付は、2016年4月14日。13日のカレンダーは、ゴミ箱に捨てられていた。続いてリビングに行くと、仏壇があった場所には何も置かれておらず綺麗に片付けられていた。
「兄ちゃん」
テレビを見ている青井さんに声をかけると
「どうした?」
と優しい声で聞いてくる。
「今日の昼、チャーハンがいいな」
と言うと
「分かった!」
そう言って、優しく微笑んだという。
「今では住民票も移して、あのマンションに住んでるんだ。俺、ソウルメイトの弟になったんだよ」
そういう彼の顔は不思議とイキイキしていた。
「あ、でも今は、山本 浩介だから今まで通り普通に接してくれて大丈夫だよ。“タモツ”でいるのは、兄ちゃんの前だけ。俺と兄ちゃんはソウルメイトだからさ、一緒に居る運命だったのかもね。初めて兄ちゃんと会ったときの『ソウルメイトと出会えたのかも』っていう直感、あれ間違ってなかったんだよ!」
熱く語る彼に対し、私は愛想笑いすら出来なかった。彼と別れた後、その日の夜に彼が住んでいたアパートへ行ったのだが、部屋の明かりはついておらず表札も剥がされていた。そんな状態なので、当然、人が住んでいる様子もない。
彼は普段、冗談を言う様な人ではないのだが、これだけは手の込んだ冗談であって欲しいと願うばかりだ。
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