創作怪談 「悪魔除け」

 これは、原口さんという40代の男性から聞かせてもらった話。原口さんは、若い頃はヤンチャをしていたそうで、悪い付き合いが多かった。しかし、そんな原口さんにも守りたい女性が出来て、結婚後は悪い付き合いを断ち切る様に地方へ移り住んだそうです。地方と言ってもど田舎という訳ではなく、街の中心部はそれなりに栄えていて生活に不便は無かった。結婚して3年後には子宝にも恵まれ、充実した日々を過ごしていた。

 原口さんには、楽しみにしている子供会の行事があった。その行事は“悪魔除け”と呼ばれていたそうです。悪魔除けと言うとオカルトチックな儀式を想像してしまうが、この地域で行われている悪魔除けは、世間一般にいうそれとは違い楽しげな物だった。子供達やその親御さんが獅子舞を持ち「悪魔除け!悪魔除け!」と元気な声を上げながら家を1軒1軒回って歩く。そして、住人の頭を獅子舞で一噛みした後に「悪魔祓ってめでたいな!」とまた元気な声を上げる。そんな賑やかで楽しい行事だった。原口さんは「うちの子が大きくなったら、俺達も皆と一緒に獅子舞担いで参加するんだろうな~」と楽しみにしていたそうです。そして、息子さんが小学校に入学した年、初めて悪魔除けに参加する事になった。

 朝の7時に近所の小さな神社に集合する。安全祈願の儀式をしていよいよ出発だという時、子供会の会長から声を掛けられた。
「原口さんは初めてですよね?歩きっぱなしになるので大変かと思いますが、今日1日宜しくお願いします」
と丁寧な挨拶を受ける。「こちらこそ宜しくお願いします」と返事をすると
「実はこの行事には1つだけルールがありまして、それを伝えるのを忘れていました」
と言う。会長さんから教えられたルールはこうだった。直近1年以内に不幸があった家では「悪魔除け!」の掛け声も「悪魔祓ってめでたいな!」の掛け声もしてはいけないということ。この地域では、亡くなった人の霊が1年間家に居て家族を守ってくれる、そんな事が昔から言い伝えられている。
「『悪魔除け』の掛け声をしてしまうと悪魔と一緒に家の霊まで祓ってしまう。だから不幸があった家では、挨拶だけして終わりなんです」
そんなことを言われた。最後に会長さんは
「まぁでも、不幸があった家はグループリーダーが把握してますから大丈夫だと思いますけどね。ちゃんと『ここは掛け声無し』って指示出してくれますから。それじゃあ、気をつけて行ってらっしゃい!」
そう言って送り出してくれた。初めて参加した悪魔除けは非常に楽しく、普段はあまりないご近所さんや地域の方とのコミュニケーションを密に取れた。昼ご飯を公民館でとり、午後から後半戦が始まる。体を動かすのが苦手な原口さんにとっては大変な運動量であったが、それでも参加して良かったと思えた。

 事件が起きたのは、息子さんが小学3年生の時の悪魔除けだった。原口さんが居たグループが、直近で不幸があった家で悪魔除けの掛け声をしてしまったという。本来、グループリーダーが「ここは掛け声無し」と指示を出さなければならないのだが、それを出さなかったそうです。その家は原口さんの家のご近所さんだった。老夫婦が住んでいて、前の年の年末に奥さんが亡くなったというのを覚えていた。なので、リーダーの代わりに自分が指示を出そうと子供達の方を振り向く。その瞬間、リーダーからの強い視線を感じたそうです。「余計な事を言うな」とばかりに鋭い眼光で睨みつけられる。それが不気味で原口さんは何も言うことが出来なくなってしまい、軽く開いた口を閉じた。それを見たリーダーは安心した様な顔になり
「よし、行くぞ!」
と子供達に声を掛けた。
「悪魔除け!悪魔除け!」
と元気よく声を上げ、その家に走っていく。原口さんと原口さんの奥さんはポツンとその場に取り残されてしまった。原口さんは、“霊が1年間家を守ってくれる”という迷信を信じていた訳ではないが、「縁起の悪い事をするもんだな」と奥さんと目を合わせ戦々恐々としていた。しばらくして
「悪魔祓ってめでたいな!」
という元気な声が聞こえてくる。すると
「いい加減にしてくれ!」
という、この家のお爺さんの怒鳴り声が響いた。全員、お爺さんに追い返され戻ってくる。子供達の中には、状況が理解出来ず泣いている子も居た。しかし大人達の顔は、何故かスッキリした様に晴れ晴れとしていたそうです。

 因みにこのお爺さん、ご近所トラブルなどは特に無かったそうです。強いて1つだけ上げるとすれば、消防団の協力金が払えず、集金に来た消防団員と揉めた事があった。原口さんが知る限りでは、その程度の小さな揉め事しかトラブルというトラブルは思い当たらなかった。
「でもね、お爺さんと揉めた消防団員って、あの時のグループリーダーなんですよね」
原口さんはそう語ってくれた。
「その後お爺さんの身に何かありましたか?」
私がそう聞くと、原口さんは
「何も無いようには見えたんですけどね。息子が小学校を卒業するタイミングで引っ越したんですけど、それまではお爺さんも生きていましたし。でもね、あの出来事があってから私たちが引っ越すまでの約3年間、お爺さん毎日近所の神社に通う様になったんですよ。毎日毎日、1日に何回も。その姿を見てしまっては、何かあったんじゃないかと思わざるを得ないですよね」
そう言った。

一定数の人間が集まって悪魔除けの掛け声をする。たったそれだけの事で、悪魔どころか家を守ってくれる守護霊まで祓ってしまう。そんな強力な力が人間の言葉、“言霊”にはあるのか
知れない。そう思わされる話だった。

         終

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