ショートショート 「引っ越しのバイト」
「好きな事を仕事にして稼げるなんて最高じゃん!」そう思って始めた引っ越しのアルバイト。引っ越しの何が好きかと聞かれても答えるのが難しいが、強いて言えばイベントの様な高揚感。
依頼者は皆、新たな生活をスタートさせようとしている人ばかり。中には、全く見知らぬ土地で0からのスタートを切る人も居る。そんな、数多くのイベントに関わる事が出来る仕事。それが引っ越しの仕事。
今日の依頼者は中々面白い人だ。
「知ってます?この部屋、事故物件なんですよ」
嬉しそうに話す長髪の男性。いかにもオカルトが好きそうな見た目をしている。
「こんな素敵な部屋がたった5万円で借りられるなんて、僕は幸せ者だな~。この部屋での出来事を綴っていくのが楽しみですよ」
「オカルトライターとかなさってるんですか?」
依頼者とのコミュニケーションも仕事の1つだが、普通こんな無駄話をしていたら怒られる。しかし、この男性はいわゆる「ミニマリスト」と言われる類いの人なのか、一般的な一人暮らしと比べると遥かに荷物が少ない。そこまで忙しくならない為、こうやって喋っていても怒られずに済む。
「いえ、普通の会社員です。日記を書くのが趣味でして」
「そうなんですね。霊感はあるんですか?」
「多少…ですかね。見えたり見えなかったりです」
オカルト趣味を持っている人は、物がごった返した汚い部屋に住んでいるイメージがあった。実際に、自分が知っているオカルト好きは散らかった部屋に住んでいた。足の踏み場もない程オカルトグッズで溢れ返った部屋。本人は、無造作に床に投げ捨てられたオカルトグッズを「大事なコレクション」と言い張っていたが、コレクションならば足の届かない位置に置いておけと言いたくなる。
「このマンションの203号室ですよね…入るの怖いな…」
「情けねーな、バイト君。別に出たって良いじゃん。大したことないって」
「流石ですね先輩」
「社員様と呼びな!」
「ハハッ、なんかビビってる奴も居ますね。と言うか、ここってそんなに有名な事故物件何ですか?」
「何かそうみたいですね」
「へぇ~。あっ、そろそろ怒られちゃいそうなので、自分も荷物運んで来ますね」
「はい、お願いします」
引っ越しの仕事は好きだが、高価な物を壊して責任を取ることになるのは嫌なので出来るだけ安価な物を運ぶようにしている。マットレスを大事そうに抱えた。
「荒木さん、すみません。今冷蔵庫を運んだんですけど、どの辺に置いたら良いですかね?」
「あ、そうか、自分も中に居た方が良いですよね。じゃあ、冷蔵庫は自分で配置しますので、他の荷物の運搬お願いします」
「1人で大丈夫ですか?」
「そんなに大きい冷蔵庫じゃないので平気です」
「分かりました。お願いします!…どうします?この部屋の事正直に言います?」
「しっ!余計な事は言わなくて良いの。お客様の折角の新生活のスタートなんだから。余計な事言って気にさせても駄目だろ」
「…そうですね。社員様がそういうなら…」
マットレスだけを持って階段を上る。流石ミニマリストだけあって、寝具の類いはマットレスと毛布のみだった。荷物が少ないのは、こちら側としては非常にありがたい。楽しい仕事とはいえ、トラックと部屋の往復は疲れる。
「引っ越しの業者さんも大変ですね」
「ん?あぁ、荒木さん。まぁ、たしかに大変な事もありますけど、でも楽しいですよ」
「そうですか。あ、マットレス持ちますよ。自分の荷物ですし」
「いえいえ、大丈夫ですよ。これが仕事ですから。それに、お客さんに荷物運ばせたなんて事がばれたら大目玉食らいますから」
「たしかにそうですね」
「そろそろ部屋ですね。初めてですよ、事故物件入るの」
「本当ですか?まぁ、でも事故物件と言っても割りと大したことない部屋が殆んどですけどね」
「そんなもんなんですね。それじゃあ、事故物件失礼します」
「どうぞ!あ、マットレスは窓際にお願いします」
「はい!」
初めて事故物件に入った感想は、「こんなものか」だった。たしかに、大したことない…かもしれない。自分は、お寺やお墓などに行くと、何故かいつも立ちくらみを起こす。霊的な物の仕業なのか分からないが、この部屋でも立ちくらみが起こった。「事故物件」というイメージがそうさせているのだろうか?
「え~と、あぁマットレスも運んでてくれたのか」
「はい」
「では荒木さん、荷物はこれで全てで良かったですかね?」
「はい。皆さんありがとうございました」
「「「ありがとうございました!!!」」」
「最後に1つ良いですか?」
「何でしょう?」
「実はこの部屋、いわく付きでして…一応徐霊の為に、塩を体に撒いても宜しいでしょうか?」
「お気遣いありがとうございます。では、お願いします」
「「「お願いします」」」
社員の結城さんから順番に塩が撒かれていく。その次に野口さん、畑間さん、そして俺…
「うっ…うぁっ…あっ…」
塩をかけられた途端、さっきまでの立ちくらみは、激しい目眩となった。立っていることすら出来ず、床に這いつくばる。
「引っ越し業者の方ですよね、この部屋で亡くなったのって」
「ご存知でしたか…実は、私どもの同僚でして…」
何を話しているのか、全く聞き取れない。
「もし良かったら、手を合わせてあげてください。供養になると思います」
「そうさせて頂きます。…あの、どうか怖がらないであげ…」
「勿論です。この部屋で何があったとしても、一つ一つが私の大切な思いでのコレクションです」
声は聞き取れない、体は動かない、そんな俺に不気味な笑顔を向けた。
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