ショートショート 「命が産まれる」

『新台入荷!』と赤字で書かれた旗。スーパーの端っこにある無人ゲームコーナーでは中々お目にかかれない文字だ。

田舎にある寂れたスーパー。一年ほど前に、安さを売りにした大型スーパーがこの町に出来た為、このスーパーは閑古鳥が合唱している。

私も普段はこのスーパーに来ないのだけれど、日頃の勉強や部活で疲れた時は、このゲームコーナーに一人で憩いに来る。元気な女子高生とはいえ、集団の中に毎日居るのは疲れるのだ。ゲームから流れて来る、耳心地の良いBGMが好きだ。

ここでしか見たことがない、小型のメダルゲームが三台。ひと昔前のタイプのクレーンゲームが四台。景品はここ半年位変わっていない気がする。あとは、アナログ画面のカーレースのゲーム。それと…

「新しいの置くなら、もう少しメジャーなゲーム機置いてくれれば良いのに」

私の安らぎの地に現れた新参者。ゲームタイトルも、製作会社名も書かれていない不気味なゲームだった。90年代頃の、アーケードの格闘ゲーム機の様な形をしている。

〈100円入れてね、命が産まれるよ〉

不気味な機会音声が流れた。画面では元気な赤ちゃんが走り回っている。

「1回やってみようかな…」

不気味な雰囲気に惹かれた。100円玉を入れると、クラシックの様な音楽が流れた。

〈『命のカード』は持ってるかな?持ってるなら赤いボタン、持っていないなら青いボタンを押してね〉

「命のカード?」

首を傾げながら青いボタンを押した。

〈下から命のカードが出てくるよ。カードを取ったら、読み取り機に置いてね〉

両面真っ白なカードが出てきた。

「読み取り機…これかな?」

レバー横にある白い枠にカードを置くと、「読み取り成功」と画面に表示された。

〈『命の設定』を決めよう!まずは性別を選んでね。女の子なら赤いボタン、男の子なら青いボタンを押してね〉

私は迷わず赤いボタンを押した。将来は女の子を産みたいと思っていたから。

〈次は名前を決めよう!レバーを動かして文字を選んでね。赤いボタンで入力、青いボタンで決定だよ。文字を消したいときは、黄色いボタンを押してね〉

「名前か…ルカで良いかな」

〈名前も決まったね!おめでとう!命が産まれたよ!〉

「え…」

画面に映ったのは、本物の赤ちゃんの画像。デモムービーでは、アニメーションの赤ちゃんだったのに。笑顔の赤ちゃんの画像と共に「ママー、ママー」という音声。大人が出した赤ちゃん声の様な、とにかく不快な物だった。

〈今日はここまでだよ。次回は実際に赤ちゃんのお世話をしてみよう!じゃあね!〉

「気味悪い、けど…」

けど、私はすかさず100円を入れていた。

〈命のカードは持ってるかな?持ってるなら赤い…〉

〈命のカードを読み…〉

〈ルカちゃんのママですね!会いに来てくれて、ルカちゃんも喜んでいるようです!〉

また赤ちゃんの画像が写し出される。私の顔はにやけていた。こんなに不気味で、中身の無いゲームなのに「面白い」とすら感じていた。

〈今日は、沐浴をしよう!赤ちゃんの身体を綺麗にしてあげてね。レバーを動かして赤ちゃんをベビーバスに入れてね。沐浴をするときは声かけをしよう!「キレイにしようね」って優しく笑顔で言ってあげてね!それじゃあ、スタート!〉

一応回りを見渡して人が居ないか確認する。まぁ、いつものようにガラガラだ。

「閑古鳥も毎日合唱大変だな」

失礼な一人言を言いながらルカちゃんに目を向ける。「ママー、ママー」という音声は相変わらず不快だが、赤ちゃんは可愛い。

「身体綺麗にしようね~。お風呂入るよ~」

赤ちゃんの画像はリアルの物なのに、ベビーバスの画像はイラスト。中々シュールな画だ。

〈はい終了!頑張った赤ちゃんを誉めてあげましょう〉

「偉いね~、次も頑張ろうね!」

満面の笑みで、画面の赤ちゃんを撫でる。客の居ないスーパーだからこそできる所業だ。

〈今日はここまでだよ。じゃあね!〉

赤ちゃんの画像が消えてからも「ママー、ママー」の音声は数秒間流れていた。

「この音声だけどうにかならないかな…でも、もう一回やろ。…あっ、両替しなきゃ」

両替機のないゲームコーナー。お札を崩したければ何か買う必要があるが、欲しくもない物を買うのは癪だった。

「しょうがない、帰るか。カードに名前書いとこ」

両面真っ白な、命のカードに“ルカ”と油性ペンでデカデカと書いた。



『閉店致しました。今までご愛顧頂きありがとうございました』

3日後スーパーに行くと、出入り口の自動ドアに張り紙。真っ赤なペンキで殴り書きしたような字は、客を奪ったあの大型スーパーへの怒りにも感じた。

「ルカ…もう会えないね…」

命のカードは、誰も居なくなった駐車場へ捨てた。





~10年後~

素敵なパートナーと出会えた私は、5年の交際期間を経て入籍した。妊娠して、女の子が産まれると分かった。


旦那が考えた名前が、瑠花(ルカ)だった。


偶然だよね?


そうに決まってるよね…?




「おんぎゃー、おんぎゃー」

「おめでとうございます!元気な女の子ですよ!」

「頑張ったな!祥子!ありがとう!」

「あなた…」

「ほら、祥子、瑠花の顔見え…」

「ママー、ママー」

「え…?」

「すごい…産まれたばかりなのに。スゴい子ですよ、祥子さん!」

「瑠花すごいな~、早くパパのことも呼んでくれよ!」

「え…?」

「ママー、ママー、ママー…」

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