ショートショート 「黒天井」

 夜空を眺めていると、どこかに天井があるんじゃないかと思う事がある。日中の青空は、どこまでも際限無い程に深く高いのに。限界が無いように感じられる様を「青天井」と言うが、上手い言葉を考えたものだと感心する。

 日中の空を「青天井」と言うのなら、私が今見ているのは「黒天井」とでも言うべきだろうか。星が美しく輝いているが、実は割りと低い位置にあるのではないかと疑ってしまう。スーパーボールを思いっきり跳ばすと“どんっ”と天井にぶつかって、埃の様に星が落ちて来るんじゃないかと。

 そんな妄想を、スーパーボールが跳ねるわけがない公園の砂場に寝転がって考える。

 暖房のない私の部屋と同じ位寒い外。

「あーーー」

 私の細い声が、沢山ある星のどれかにぶつかっているかも、そう考えると何故か笑みが溢れてくる。私の笑みの様に、あの星も溢れて来ないだろうか。あんなにあるのだから、溢れてもおかしくないだろうに。そんな風に、星を降らす妄想にふける。

 地面は、暗い。天井が暗いから。青空からさす陽光とは対照的に、地面から夜空を僅かに照らす、夜の冷たい光。スーパーボールが落とす星の、天井から溢れこぼれる星の微かな冷たい光。寝転がっている回りで細かい、小さな光が私を囲ってくれる。そんな、絵本の挿し絵の様な幻想を、何回も思い描いては破り捨てた。

 “ヒューッ”と、いかにも寒そうな音がする風が吹く。幼稚園の頃から伸ばしているロングの髪を靡かせた。それでも、天井の星はピクリとも動きはしない。一瞬で止んだ風は、星は落ちて来ないという事実を私に突きつけた。

「寒っ…」

 いい加減家に帰ろうとも思ったけど、家に帰ったところで同じセリフを呟くと思う。そう考えたら、家に帰る意味が無いように思えた。

 青空に蓋をした黒い天井。世界には、数えきれない程の天井があるが、この天井が一番好きだ。

「好きだ~」

 細い声のラブコール。星の色が、恥ずかしがる子供の頬の様にピンクがかっていないところを見ると、このラブコールは、あの星達には届かなかった様だ。その代わりに、時間差で自分の頬が赤くなったのが分かった。天井にぶつかったラブコールが、自分に跳ね返って来た訳ではない。

「恥ずかしい事しちゃったな~」

 ちょっと体温が上がった分かりやすい身体。何百回、何千回と見てきたはずの夜空に感動する単純な脳。少し眠くなると、すぐに瞼を閉じる欲に素直な私。

 割りと近い場所にありそうな黒い天井。本当に近く、より黒くなった。



「ん…んぅ…」

 いつの間にか天井は取り払われ、待機していた太陽が青空を連れて顔を出していた。

「う~ん…うっっ…寒っ」

 一見暖かそうな陽光を浴び、無機質な寒さに身体を震わせる。

「ん?」

 寝ぼけ眼に、砂場に散りばめられた無数の光が映された。

「あっ!」

 それは、星の光の様な、今にも消えてしまいそうで儚い輝き。

「誰かがスーパーボール跳ばして、星を落としてくれたのかな…見たかったな~、落ちてくるところ」

 寝ぼけた冗談を呟く。冗談だけど、口に出すと何故か、本当に落ちて来た星がこの砂場で輝いているように思えた。

「星が昇るところは見られるかな…」

 寒い乾いた空を、星がゆっくり夜空に昇っていく。そんな幻想を思い描くために目を瞑った。

「破り捨てちゃう前に描けたらいいな…」

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