ショートショート 「貯金箱」

 私は、明日、異動の為この学校を去る。4年間勤めた小さな中学校。私が担任をした1年生は、たったの4人。全校生徒合わせても11人。異動先の中学校は、全校生徒513人と、この学校とは比べ物にならない生徒数だ。

 生徒に囲まれる様な教師生活を夢見ていた私には、楽しみな環境ではある。ただ、生徒一人一人と密な関係を築けるこの学校を離れるのは、やはり寂しい。せめて、1年生4名を卒業まで見守りたかった。離任式は明日だというのに既に涙が止まらない。陶器の貯金箱に色を塗る手が震える。

「ふぅー…」

 4人しか居ない為、プレゼントをするときは、それなりに凝った物を一人一人に渡す事が出来る。異動先の学校では出来ない事だ。

 普通に手紙を渡すだけでも悪くはないが、折角だから面白いカタチで渡そうと考えたのが貯金箱だった。すでに、貯金箱の中には手紙を入れてある。渡してすぐ割って読んでも良いし、貯金箱として使って数年後に割っても良いし、一生割らなくても良い。我ながら冴えたアイデアだ。この貯金箱も自分で作った。陶芸なんて初めてだったから綺麗な形にはならなかったけど、でも生徒一人一人の特徴は捉えている。

 細長い貯金箱は、全校生徒の中でも一番背が高い琉斗(りゅうと)君。
 一番大きな貯金箱は、柔道を習っている樹(たつき)君。
 一番小さな貯金箱は、学校のアイドル的存在みくるちゃん。
 そして、小さいけれど太い貯金箱は、勉強が得意な蓮司(れんじ)君。

 冷たい色をした貯金箱に絵の具で生徒の姿を描く。絵は得意ではないが、一生懸命描いた事が伝われば嬉しい。

「よし!」

 最後に蓮司君の貯金箱の色付けを終え、4つ並べて乾かす。

「明日でお別れだね…」



「え~、非常に残念なことですが、佐山 円香(さやま まどか)先生とは今日でお別れとなります。佐山先生には1年生の担任と、1年生の英語の授業を担当して頂きました。それでは佐山先生、お別れの言葉お願いします」

「はい!長い話は嫌いなので、一言だけ言わせて頂きます。楽しかったです!ありがとうございました!」

 割れんばかりの拍手…とまではいかないけれど、皆の拍手を浴びながら涙を浮かべた。今年この学校を離れる教師は、私1人。私の為の離任式が終わると、教室へ戻り最後のホームルーム。

 “カチッカチッ”と4つの貯金箱が紙袋の中でぶつかり合う。教室へ向かう廊下に鳴り響く別れの音。古びた教室の扉が、いつもより軽い様に思えた。

「みんな~、離任式ありがとうね。ちょっと泣いちゃった!」

 再び拍手で迎えてくれた可愛い教え子達。

「あ~、ありがとう~。実は、先生から皆さんにプレゼントがあります!」

 教室に入ったときから視線は紙袋に集まっていた。何が出てくるのかと目を輝かせる4人。最初は、これが何か分からずキョトンとしていたが、中に手紙が入った貯金箱だと説明すると「フォーチュンクッキーみたいだ!」と大喜びしてくれた。

「どう!良いプレゼントでしょ!」

 「はい!」や「うん!」等と言いながら大きく頷いてくれる。

「今すぐ中の手紙を読みたい人は、このトンカチで割っても良いからね!」

 「凶器だー!」と冗談めかしく逃げ惑う可愛い光景。いつまでも眺めていたいが、そういう訳にもいかない。時計を見て少し肩を落とした。

「はーい、みんな落ち着いて~。それじゃあ、そろそろ本当にお別れの時が…」

「先生!」

「ん?どうしたの、琉斗君?」

「僕たちからプレゼントがあります」

「え!?本当!何だろう、楽しみだな~!」

「お手紙を書きました」

 そう言うと、みんな茶封筒を持って席を立ち、私の前に横一列に並んだ。

「誰から読んでくれるのかな?」

 みんな一斉に茶封筒の中身を取り出す。

「え…?」

 4人全員が、包丁の柄の部分を私に向け差し出す。

「今すぐ読みたいですか?」

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