創作怪談 「フケはらい」

 これは、不動産会社に勤めている横田さんという男性の話。横田さんにはかつて霊感があったと言う。これは生まれ持った物ではないらしい。本人いわく「うつされた」らしい。

 話は、横田さんが高校生だった12年前に遡る。高校時代の横田さんは、部活には所属せず、週4でコンビニのアルバイトをしていたそうです。複合ビルの中にあるコンビニだったため、お客さんが少ない日は無い。横田さんがシフトに入っていた18時から21時も、仕事終わりの会社員や、学校帰りの学生が多く毎日忙しかった。初めてのバイトで最初は失敗も多かったが、3ヶ月も経てば仕事にも慣れてきて
「この新商品、商品名変えただけで中身ほぼ同じじゃん」
「あの人タバコの銘柄変えたんだ」
など細かい事にも気づけるようになった。

 横田さんに霊感をうつした人が新人バイトとして入ってきたのは、夏が本格的に始まろうとしていた頃だった。50代で小太りの豊島さんという中年男性。髪はべたついていて、テカった顔にはできものが多い。口まわりには、濃くて短い髭が生えている。誰が見ても“不潔”と答えるであろう見た目。客の多いコンビニで、なぜこんな清潔感のない人が採用されたのか皆不思議がっていたそうです。豊島さんは、15時から22時までの7時間勤務を週5で入った。そのため、横田さんと豊島さんのシフトが被る事も多かった。
 清潔感はない豊島さんですが、性格は明るく、お喋り上手で話が面白かったため、他のスタッフと仲良くなるのに時間は掛からなかった。横田さんも、話の面白い豊島さんの事が基本的には好きだった。しかし、1つだけどうしても我慢出来ない事があったそうです。それは、フケをはらう癖。
 肩に落ちたフケを“パッパッ”とはらう仕草がどうしても気になった。衛星的にも良くない。客の前でフケをはらった時には流石に注意した。豊島さんは、ヘラヘラと笑って誤魔化すだけ。この態度には、横田さんも腹をたてたそうです。そこで店長に相談する事にした。しかし、店長の言葉は、横田さんにショックを与える物だった。
「あー、たしかに横田君の隣に居るときそんな事するね」
「え…?僕の隣に居るときだけですか?」
「俺が見てる限りではそうだね」
全く気づかなかったが、言われてみればそうだったかも知れない。一応、他のスタッフにも確認してみたが、やはり「たしかに横田君の隣に居る時だけかも」と皆が口を揃えて言う。

 それからは、豊島さんの行動を注意して見るようにした。するとやはり、フケをはらうのは自分が隣に居る時だけだという事が分かった。さらに、横田さんが右に居る時は右肩のフケを、横田さんが左に居る時は左肩のフケをはらっている事も追加で分かった。意図的に横田さんを狙って、嫌がらせでフケをはらっている。シフトが被る事が多い人からの嫌がらせは、ショックが大きかった。何度か「止めてください」と言ったものの、不気味な笑顔で見つめてくるだけで聞く耳を持たない。バイトを辞めようとも考えたが、結局我慢してそのままバイトを続けたそうです。
 異変が起き始めたのは、豊島さんが入って来て2か月程が経った頃。バイトが終わり、家に帰る途中だった。自転車を漕ぎながらなんとなくカーブミラーを見ると、白いパーカーを着た女性が曲がり角の近くを歩いている姿が見えた。衝突してはいけないので、一旦停止して女性が通り過ぎるのを待つことにした。しかし、女性が中々曲がり角から姿を現さない。「あれ?」と思い再びカーブミラーを見ると、そこに女性の姿はなかった。「どこ行ったんだろう」と気になり、周辺を探してみても女性の姿を見つけることは出来なかったそうです。
 次、バイトで豊島さんとシフトが被った時、豊島さんは気持ち悪い程の笑顔を横田さんに向けていた。ニヤニヤしながら、レジに立つ横田さんに近付いてきて、隣に立つ。そして一言「やっと軽くなって来たよ」と言い、またフケを払い始める。鬱陶しく腹も立つが、接客中に感情を出してはいけないと必死で怒りを堪える。その間も豊島さんは、客の目の前にも関わらずフケを払い続けた。
 バイトを上がる30分程前。客足も少し落ち着いてきたので品出しをしていた。ふとレジの方を見ると、1人の女性がレジの前に立っている。レジは豊島さんに任せたはずだったが、豊島さんの姿はなかった。
「大変お待たせ致しました!申し訳ございません!」
そう言いながら小走りでレジに向かう。
「いらっしゃいませ!お待たせ致しました!」
レジに入り再度詫びを入れる。が、女性は何も商品を持って居なかった。ホットスナックが欲しいのかと思ったが、口を開かない。
「どうかなされましたか?」
そう問いかけるが、やはり何も喋らない。困惑していると、豊島さんがバックヤードから出てきた。そして横田さんの隣に立つと
「もう十分そうだね」
と一人言の様に呟いた。何が“十分”なのか分からなかったが、女性が着ていた白いパーカーを見てハッとした。もちろん、昨日カーブミラー越しに見た女性とは断定出来ない。出来ないが、そうでなければ説明がつかない。豊島さんは最後に
「宜しくね」
とだけ言った。それ以降、豊島さんはフケを払う仕草をしなくなった。ただ、やはり豊島さんと同じ職場で働くことに抵抗を感じ、その1ヶ月後にはバイトをやめたそうです。


 ここまで話を聞いた私は
「それって、霊を移されたってことですよね?大丈夫だったんですか?」
と質問をした。横田さんは
「大丈夫でしたよ。見えるだけなんで。呪われたりはしませんでした。でもね、やっぱりそういうのは視界に入るたけで嫌なんですよね。怖いというより、不快感って言うんですかね。だからね、僕も移したんですよ。授業中なら逃げられませんからね」
そう言って不気味に笑った。

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