“gives” カウンセリングはじめます

“gives”について

2024/10/5、”gives”という名でカウンセリングサービスを始めます。

家庭環境、人間関係、経済状況、人が置かれる状況は様々ですが、面白い人生を歩んでいくためには、世の中に対して自分なりの”give”を施し、自身の価値を改めて認識することが必要だと考えます。

苦しい状況におかれると、人は自己防衛的に、搾取的になりやすい。これは人間の性であり、責められることではありませんが、その状況が続けば、周囲から人は離れていきます。

逆に、どんな状況からでも、自らが”give”を発し続ければ、あなたの人生は豊かなものになって行くでしょう。

“gives”は、私の”give”とあなたの”give”で新たな価値を生み出す取り組みです。私は、あなたが主人公として面白い未来へ歩き出すためのお手伝いをします。

報酬は決めていません。あなたがこの取り組みに価値を感じたら、あなたなりの”give”をください。行動、言葉、物、お金、何でも結構です。

いただいた”give”を書き溜めて公開していくのも、面白いかなと思っています。公開を許可いただけるかは、個々にご相談させていただければと思っています。


私の人生の転換点
ここまでは気恥ずかしくなるようなことを書いてきましたが、ここからは、私自身のことについても書いていこうと思います。

1991年、神奈川県横浜市生まれ、一人っ子。学生時代は一貫して関東で育ち、資源・エネルギー系の会社に就職。約1年前に帰国するまで5年間ほど海外駐在を経験してきました。

人生細かく語れば色々ありますが、この5年間は、私の人生で特に大きな転換点となりました。

赴任当初の2018年~コロナの始まる2020年までの期間、私は慣れない環境と激務に悪戦苦闘しながらも、確かな成長を感じる日々を送っていました。

日付が変わるまで働いて夜中に上司とラーメンを食べる、遊びに行く時間も無いから友達はできない、そんな日が1年以上続きましたが、漢気溢れる上司たちとの関りをそれはそれで楽しんでいました。

そんな状況は、コロナ禍が始まると一変しました。無期限の帰国命令が出て、私は日本に戻ることとなりました。

当初は慣れた日本帰国に安堵しましたが、緊急事態宣言下の日本から在宅で海外の業務を継続するという状況は、私にとっては地獄の日々でした。

当時は社内的には過去最大級の入札の真っただ中でした。時差のある中でも駐在地の基準にあわせて仕事をするため日常的に午前2時頃までの勤務となり、それでも仕事は終わらない、そんな状況でした。

何とか入札・交渉を終え、ほっと一息ついた直後、その日が来ました。

英語が全く読めなくなりました。前日まで毎日当然のようにしていたことが全くできません。5行程度の英文が30分経っても、1時間経っても読めませんでした。

終わったな、そう思いました。

上司に電話をかけ、一旦自分の状況と、しばらく使い物にならないと思うとの所感を伝え、すぐに病院に行きました。今思えば、この時SOSを出せたことは、結果として症状が重篤化する前の対処に繋がり、本当に良い判断だったと思います。

病院でくだされた診断は、過労による鬱、早急に休むようにと言われました。私は、「休みたくありません」と答えました。一度休んだら、そう簡単には戻ってこられない、駐在にも戻れない、そう感じたからです。

先生は柔軟な対応をしてくれました。まずは、代休と有休で丸2週間休んで様子を見ることとなりました。上司は、「お前が戻りたいと望む限り、席は空けておく」と言ってくれました。この日ばかりは泣きました。

人生で初めて、「今の自分には価値がないな」と感じました。

一方で、私はとても運がよく、周りの人に恵まれていました。2週間の休暇の際、大親友が私を北海道に連れ出してくれ、北東の海岸線沿いに佇む風車の群れを観に行きました。

彼から当時の私がどう見えていたかは怖くて聞いたことがありませんが、私は本当に救われました。過剰に気遣いしている様に見せず、普通にふるまってくれたのもとても助かりました。

休暇から戻り、時短で出社だけはすることにしました。薬を飲みつつ、会社で座っているだけなのですが、それでもホテルで寝ているだけよりは良いなと思っていました。親にはこの状況を知られたくなかったので、実家には戻りませんでした。

3カ月が経過した頃、英語が読める様になってきました。時短が解除され、残業時間を制限しつつも通常勤務に戻していきました。あと3カ月問題なく過ごせれば、駐在に戻せると言われました。

この頃、病気のほかにも人生観が変わるきっかけとなる恋をしました。この話は長くなるので、別の機会に書こうと思います。

年が明け、2021年になり、駐在地に戻りました。今思うと、本当に意地だけで戻ったものだと思います。業務ができるようになったとは言っても、頭の処理能力も体力も以前のレベルには到底及んでいない感覚がありました。

一方で、人生観の変化が、下がった能力を補ってくれるようになりました。

足りない自分を助けてくれる人への感謝の心が強まり、相手と向き合い気持ちよくなってもらえるような振る舞いを心掛けました。すると、徐々に相手の思考・意図を予想する能力が高まりました。

また、自分が決めるべきことと、考えても仕方ないことを峻別できる様になりました。結果として、仕事面での成果も出始め、順調に回復していきました。

かつての自分は、コンプレックスのある自分を少しでも強く見せるために、虚勢を張って競争的に振舞っていた部分がありました。

今の自分は、馬力は当時より低いかもしれませんが、それでも成長してきた自負があるので、自己肯定感の高い人間になれたと思います。

駐在地に戻ってからは、新たな出会いの時期でした。日本が緊急事態宣言下にあった頃、駐在地においても外出規制等が続いていたため、規制明けの頃は、反動で交流に飢えた同世代が活発に活動していました。

私自身もその流れに乗り、かけがえのない友人達と出会うことができました。

ここで出会った個性的な友人達、彼らもまた様々な悩みや課題を抱えており、そんな彼らの話を聞き、私自信の経験や能力を活かして、明るい未来への道を共に考えるようになったのが、”gives”の源流です。


“gives”について、もう一度

私たちはしばしば、何かを得ること、「与えられる」ことを優先しがちです。ですが、「与える」ことこそが、自分の価値を見つけたり、再確認したりするきっかけとなり、結果的に自分自身も豊かになるということを、私は”gives”の活動を通じて伝えたいと思っています。

また、人生の中で困難に直面した時、人は孤立を感じやすくなります。しかし、どんな状況でも、周囲とつながり、互いの価値を発揮して助け合うことで、道が見えてくるはずです。“gives”は、そういった「つながり」の一つであり、あなた自身が人生の中で「give」を見つけ、活かすためのきっかけになればと願っています。

“gives”を通じて、私は多くの人々と出会い、一人ひとりの悩みや課題、そして夢に向き合っていきたいと思っています。もちろん、私自身もまだまだ成長途中です。これから出会う方々と、どのような「give & give」の関係が築けるのか、それが私の新たな挑戦です。

私は、一人ひとりが人生の中で意味のある「give」を見つけ、面白い人生の主人公として歩みだせるようにお手伝いをしたい。もしこの取り組みに興味を持っていただけたなら、ぜひ一度、お話を聞かせてください。

これからの出会いを心から楽しみにしています。

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