腕はともかく?
日が暮れ始めると、クルクル回るサインポールを内側から光らせる。そのスイッチを押すのは、小さい頃の私の仕事だった。
高校生になった私は、ある日、先輩夫婦が営むラーメン屋のカウンターで、少し遅めの昼食をとっていた。駅前の細い道を入った所に構えるそのラーメン屋には、常連の人しか来ない。少し遅めなこともあって、その日の客は、私1人だった。
『やってますか』
と、見知らぬ男性が暖簾越しに店を覗いた。
『どうぞー』
先輩がカウンター席を指す。
先輩の趣味である『X』の紅がBGMで流れるラーメン屋に、いつもと違う空気が流れた。
スーツ姿の男性を、まずこの店では見かけない。年は、ひと周りくらい上だろうか。
どこから来て、どこへ行くのだろう。
先輩は、ラジカセの音を切った。
慰める奴はもういない。
店主は、いつもの調子で男性に話しかけた。
『今日、この辺で何かあるんすかぁ?』
聞いてみると、男性は営業で長い距離を車で移動中、運転に飽きてしまい、突然、床屋に寄ろうと思い立ったそうだ。その通りには、一定の間隔を空けて床屋が並んでいる。サブリミナル効果だろうか。定かでは無いが、男性は、次に見かけた床屋へ入ることに決めた。
たまたま入ったその床屋の大将は、耳掃除とマッサージがとにかく上手かったそうだ。
『あの大将、マッサージで食べていけるんじゃないかな。強さが絶妙で。目を瞑ってグゥーーっと力を入れるんですよ。顔を真っ赤にして。
耳掃除もしてくれたんですけど、その耳かきは、大将の自作だと言ってました。近所のお寺の人が、時々竹をくれるから、それをナイフで削って作るんだそうです。それが気持ち良くて。
気持ちいいですねーって言ったら、タダで一本くれました。
話も面白いんですよ。何でも、大将は20年くらい前から毛生え薬の研究をしていて、あと少しのところまで来てるんだって。それが出来たら大金持ちになれるから、出来たら僕にも分け前をくれるって言うんですよ。会ったばかりなのにですかって聞いたら、耳かき褒められたから、あげるって』
おそらく、その大将は、私の父である。
そして男性は続けて言った。
『散髪の腕はともかく、マッサージと耳かきと大将の話は最高だったなぁ』
気になるフレーズがある。
私は勇気を振り絞って男性に聞いた。
『その店の名前、おぼえてますか』
『おぼえてるよ。🦧🦧🦧って名前』
やはり、私の父であった。
散髪の腕、、、
深掘りするのはやめようと思った。
🦧🦧🦧🦧🦧🦧🦧🦧🦧🦧🦧🦧
父の作った耳かきは、他のどの耳かきよりも使い心地が良い。実家からこっそり持ち出して、今、我が家には4本ある。
父の指圧は独学だが、かなり本格的に取り組んでいて、私もよく、店の椅子に座って、指圧を受けていた。
押せば、何も言わなくても、私の体調を言い当てた。
注)毛生薬につきまして、一度も、研究らしき事をしているのを見ておりません。我が家が大金持ちになることはございませんでした。
期待した方がいらっしゃいましたら、心よりお詫び申し上げます。
何がホントで何がデタラメなのか、、、
11月17日、そんな父の命日です。
父の事を書いた記事を、マガジンにしてまとめました。
私の名前が『ぎぶたけ』になってるのもありますが、同一人物です。
よろしかったら是非。
読んでいただけたら、父も、私も、喜びます。