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よしもとみおりの舞台制作日記②リサーチをおこなう(なぜその土地で公演するのか1)
皆さんこんにちは、葭本未織です。
はじめましての方もこんにちは、私の名前はよしもとみおりと読みます。
来たる12月21日から12月25日に、
新宿の「新宿眼科画廊」というスペースで
一人芝居『誕生日がこない』
という演劇をやることになりました。
この連載は、一人芝居『誕生日がこない』を舞台制作(プロデュース)の方面から見た時に感じたことや気がついたことを備忘録的に書き記す…というものです。
前回は「自分で自分のことを売っていく」ということも、表現活動のうちの一つだ。」ということを書きました。これは言わば心意気のようなものですね。まだ具体的なことは書きませんでした。
というのも、よし、じゃあ具体的に、自分が何をしてるか書いていこう!と思った時に、「ちょっと待てよ…そんなハウツーみたいなこと書けるほど、わい、えらいんか?」という疑問がもたげてきたからです。
だから、今から書くことは、ハウツーというよりも、自分がどういうことを舞台制作(プロデュース)をする上で考えているかなあ……と思い巡らせた結果の言葉です。一劇団主宰の考えとして、参考にしてくださると嬉しいです。
1.「なぜその土地で公演するのか」を考える
わたしが演劇を「書く」にあたって、必要不可欠な行動があります。それは「舞台となる土地を訪れて、取材する」ということです。わたしは「少女都市」という名前の劇団を主宰しているのですが、劇団名の由来もこの行動に基づいています。
女優の肉体と言語を通して若い女性の苦悩と変化を描くこと、地方と東京の2都市を舞台にし ていること、活動が兵庫と東京の2都市を拠点としていることも、その由来となっている。
わたしは元々、自分が2歳の時に体験した阪神・淡路大震災のことを繰り返し、書き続けてきました。自分が過去に感じた苦しみや今なお引きずる強迫観念。わたしがわたしという人間に育った一因に、あの震災があると思っています。だからでしょうか。人間というのは、決してニュートラルな存在ではないと思っているのです。人という生き物のがなにからも影響を受けずに存在しているとは思えないのです。もっと言いますと、人は、育った土地と時代、つまり環境によって、大きく左右される、とわたしは考えています。
一人の人間が抱える精神的・経済的・身体的問題は、個々人の問題であるとともに、社会構造が生み出した社会問題であるととらえ、その提起と解決をテーマに作品をつくっている。
上記したのは少女都市の理念の一つでもありますが、
ある一人の人間のことを描く時に、その人がなぜそのような思考に至ったかのか、その背景にある「土地」を考えなければ、一人の問題は一人の問題として見過ごされてしまう。しかし、一人の問題は実は、大多数にも当てはまる問題であるのだ。
そう、わたしは考えています。
ここまでで、わたしが「どの土地を舞台に物語を描くのかがとても重要である」と考えていることはわかっていただけたかと思います。
では本題です。わたしたちが土地とその土地の持つ歴史や文化や風土に影響されて人格が形成されているとするならば、わたしは「どの土地のどの劇場で作品を上演するのか」ということも、ものすごく作品にとって重要なことだと考えています。
何故なら実は、同じ言葉・単語・フレーズ・ワードであっても、土地によって観客の共通理解を得られる時と、得られない時があるからです。
今から話すのは、わたしの経験談です。
わたしは、2016年に旗揚げ公演で『聖女』という作品を大阪と東京の2都市で公演しました。
この作品は元々2015年に埼玉で初演をしたもので、作中の舞台は東京の池袋と宮城県の松島。冴えない一人のホステスの過去に横たわる、殺人と売春と、取り返しのつかない罪、そして東日本大震災。彼女がいかに過去から立ち上がるか…ということをおびただしいまでの反復を通して描く物語でした。
わたしはそれまで、「劇場論」というものをまるで信じていませんでした。自分がどんな作品でも最前列で見る癖があるからでしょうか。どんな劇場であっても、作品の内容には影響しない、と考えていたのです。
けれど、自分がプロデュースし、大阪と東京という全く違う土地でも公演を通して初めて見えたのは、「東日本大震災」という出来事へのイメージの違いでした。もっと誤解を恐れずに言うならば、埼玉や東京で上演した時には確かに観客の多くに呼び起こされた震災の共通理解・共通イメージが、大阪では「共通」という点で存在しないと感じました。
わたしは「何故そのキャラクターがこうなるに至ったのか」を全て書いてしまっては、観客の想像力を失わせると思っています。だから主人公の生い立ちであっても、観客が想像しうるヒントだけ残し、明確にそれを語らないという手法をとっているのですが、埼玉・東京公演の時は、それでも観客の多くが共通の「一つのはっきりした主人公の過去の輪郭」を持つことができました。けれど、大阪ではそうではなく、主人公の過去の輪郭は人によって異なる、つまりより多くの解釈の余地ができる状態になったのです。
これが良いか悪いかは置いておいて、この時はじめてわたしは、劇場というものにはその劇場がある土地の周辺に住む観客がおり、ある一部の地域では存在する共通理解が、別の地域では存在しない、ということに気がついたのです。
続きはまた明日の記事で書きます。
よしもとみおり