【体験談】受講して少しずつ「人生が動いていく感覚」が/(前編)(修了生Mさん)
【前・後編に分けてお伝えします】
私は2022年にガールズ講座を受講しました。
それ以降、少しずつ「人生が動いていく感覚」を感じています。
ガールズ講座の修了後、めぐカフェ就労体験や社会参加体験を経て、現在は地域活動支援センターにて、施設の利用者として、また工賃を頂きながら、同じ様に社会参加に難しさを抱えるお客様にものづくりや楽器演奏の体験を提供する『当事者スタッフ』としても活動をしています。
私の体験談が、色々な事情から長い間社会参加に悩まれている女性にとって、ガールズ講座と出会うきっかけの一つになりますよう、長くなりますが綴っていきたいと思います。
まず私のこれまでをお話させて頂きますと、
私は心身ともに不調を抱えて高校を3年生で中退してから、10年以上療養生活をしていました。
長らく社会参加から遠ざかっていた状態からのガールズ講座挑戦です。
本で知ったガールズ講座のコンセプトである、「就労がゴールではない」という所に惹かれて受講を決断しました。
というのも、なんとなく言葉だけ知っていた「就労支援」については、個人的な勝手な偏見だと思いますが、受けてしまったら何がなんでも就職しなければならないような、自分の心のペースが無視されてしまうのではないか?という漠然とした恐さを抱いてしまい、支援について調べることすら恐がっていて、まずは就労以前に安心して社会参加の練習がしたいと考えていたからです。
最初に緊張でいっぱいで会場に入ると他の方も同じ様に緊張されていて「緊張してもよいのだ」と少し安心したのを覚えています。
私は29歳まで「人生で3ヶ月しか働いた経験がない」ということがすごく恥ずかしくて隠したいことだと思い続けていました。
家から外の世界では「普通の人」を演じながらコソコソと生きてきたと思います。
思い返すと、私の緊張は幼稚園の頃からすでに始まっていたと思います。
とにかく集団の中に入って行くことに強い違和感と拒否感があり、登園拒否をしていたのです。
最終的には抵抗をあきらめて通うようになり、そこから中学3年生までは違和感を抱えながらも毎日学校に通う生活を送りました。
ところがだんだんとその違和感が体調に現れるようになり、学校に通うことが難しくなっていきました。
もう少し加えてお話しますと、私には持病があります。
小学校高学年からは経過観察していた持病の治療がいよいよ始まり、集団の中での違和感と病気の不安を1人で抱えきれなくなっていたのだと思います。
持病に加えて新たな症状も抱え日常がままならず、色々な病院を受診し最終的に精神科クリニックに支えていただきました。
休み休み学校に通いながらも、残念ながら高校を通い切ることは叶いませんでした。
仕事については、療養期間中体調が安定していた21歳の頃、老人ホームの食事準備のパート勤務を経験しました。仕事をしていない焦りから決めた職場では残念ながら理解を得られず、「親に散々甘えてきたのだからこれからはなんでも1人でやらなきゃダメよ!」と言われ心に強烈なパンチを食らいました。
最初の契約期間3ヶ月は頑張って働きましたが、契約継続する選択は出来ませんでした。
そのトラウマを引きずり、気づけば29歳まで無職となってしまいました。
仕事を辞めてからはどうしたら良いのかわからずにいて、精神科の訪問看護を受けたり、家事手伝いや祖父母の話し相手、飼い犬の世話をしたりして時間が過ぎて行きました。
色々な状況の中頑張っている人がいるのに自分は甘えていて努力していないから社会参加出来ていないのだと自分を責めてもいました。
そんな自分が受けられる支援なんて無いだろうとも思っていました。
ある時、ふとインターネットで「ひきこもり女子会」を開催していらっしゃる林恭子さんの『ひきこもりの真実』という本が目にとまり、実際に読んでみると自分のことが書かれているような驚きと共に、ガールズ講座を知りました。
就労の前に安心安全な空間で自分のことを改めて振り返ってみることや、同じような方々と交流して自分だけでは無いと思える様な場所があることに希望を感じ、ガールズ講座に通うことを即決しました。
【後編に続きます】