NFT作品解説③ 『椿と葉っぱ』
『こんにちは、、こんばんは、かな!』
という東京ラブストーリー最終回での赤名リカの手紙の冒頭を、よく真似てしまうフリーカメラマンぎんです📸(涙が止まらない、、笑)
世代じゃない方すみません😓
さて前回の投稿からだいぶ時間が経ってしまったように思います。
今月はクライアントワークに忙殺されてnoteを書く時間が取れず悶えていました。泣
また今日から頑張っていこうとベローチェで人知れず決意を固めています👍
今日はNFT作品解説の第三弾です🙋♂️
作品解説は”アート”の価値を高める作業
キュビズム以降の現代アートにおいて、芸術に、意味や思想を求めることが一般的になりました。
それはマルセル・デュシャンが男性用小便器にサインをして『泉』という芸術作品として発表したところからも分かるように、
そこに据えられたコンセプトやコンテクストを解っていないと、そのアートへの理解が難しくなりました。
私が生業とする写真も、
撮影時に使用するものは『センスや感性』などの右脳的作業だと思いますが、、
それを『ロジックとして説明する作業』は極めて左脳的であるなと思います。
ですので、この『NFT作品解説』も自分の作品への理解、またアートとしての価値向上を目指して取り組んでいます。
花は被写体になりやすい
様々な作家が花を被写体として描いてきました。
モネの睡蓮、しかり、、ゴッホのひまわり、しかり。
写真でも、最近カメラを始めたビギナーから、
いわゆるアドバンストアマチュアと呼ばれるハイレベルのカメラマンたちも花を撮っている人が多くいます。
余談になりますが、カメラマンの業界ほどプロとアマの境目の荒い職業もないな、と思っています。笑
『写真家』とか『プロカメラマン』という資格があるわけでもなく、、
趣味で撮影をしている人でも、プロのカメラマンより良い機材を使っている方も多くいますし、、
技術や知識を多く持っている人も沢山います。
話が少しそれましたが、花を撮影しているカメラマンは沢山います。
何が良いのか、というのを言語化すると(あくまでも私見ですが、、)
・(単純に)佇まいが美しい
・一過性の美である(その季節だけ咲く)
という点が考えられるかなと思います。
一水四見(いっすいしけん)という仏法の考え方
仏法には『一水四見』という考え方があります。
水という一つの物を見ても、見る者によって『その見え方』が変わる、という考え方です。
例えば、人間にとって水は飲み物ですよね。もしくはお風呂や洗濯に使う、いわゆる使用するもの、というものだと思います。
では魚にとって、水はどんなものでしょうか。
魚にとっては、水は住む場所です。
このように、一つの物を見ても、その人の立場や状況・価値観によって、見え方が変わる、というのが一水四見という考え方です。
この一水四見から写真というアートを考えると、
写真とは、カメラマンが『世界をどのように見ているか』を表現する芸術なのかな、と私は思っています。
黒と逆光を活かす
花を撮ると言っても、、
花畑のように色とりどりの花を撮る人もいれば、、
一輪挿しの花を、強く可憐に撮影することもできます。
表現は人それぞれなので、それに良いも悪いもないなと思っています。
私は椿という花の『シッカリとしたフォルムと上品な佇まい』が好きです。
それを活かすには後ろからスポットライトのように際立たせることが有効かなと思いました。(ちなみにこの写真は、後ろからストロボを焚いたりはせず、太陽光で撮っています。)
また椿以外の部分は黒に落とすことで、より椿と葉っぱが強調されるかなと思い、このような表現になりました。
以上です!
最後まで読んでくださり、ありがとうございました🙇♂️
ちなみにこの『i love LEAF and TSUBAKI』という作品は、二時流通として0.03ETHでオープンシーに並んでいますので、ぜひご購入いただけると嬉しいです✨
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