発達障がいのある子どもの将来の「働く」を考える その1
ADHDは経営者に向いている、アメリカにはADHDの大企業創業者が多い。という話を聞いたことがあるだろうか。
実際に調べたことがある方は一般的な人でも知っているような著名な方々の名前を見ただろうと思う。
実際に日本でもLD、ADHD、ASDなどの診断がついている著名な方は多い。
そして、公表していないが、大企業の社長でそのような診断がついている方もオフレコながらいろいろな場所で聞くことがある。
話は変わるが発達支援事業所 ひらそるの芽では色々な診断のある子どもたちが通っている。
そして、実際に診断名がつかなくても心理士所見で通っている子供もいる。
このような子供たちは保育園、幼稚園では大変な子供として認識されがちである。
そして、それと同時に他の子供より、様々な事ができない子供として認識されることも多い。
本当にそうなのだろうか。
そのような子供たちに対して、見方を変えてみてみるとどうなるだろう。
例えば、ADHDの子供で多動性、衝動性が高く、落ち着かず、ずっと動き回って落ち着けない子が居たとする。
幼稚園の行事には参加できず、みんなが絵本を読んでいる時にも走り回る。
先生の言う事を聞かず、好きなものがあると思わず幼稚園を飛び出してしまう。
そういう子が居たときには、世間では困った子でちょっと他の子よりも成長が遅いという認識になりやすいかもしれない。
そのような子供たちが大人になったときに社長に向いているのだろうか。
実は大きなことを成し遂げる可能性があるのだろうか。
専門家、一般の方どちらも陥りやすい事として、固定概念というものに囚われやすいという事がある。
まず、子供たちと向き合うときに一番大切なことは何かという事だが、何がゴールなのかをきちんと認識することにある。
個人的な意見で申し訳ないが、ゴールはその人が幸せに生きる事にあるのだと思う。
この話をするときに幸せとは何?というとても難しい問題に直面する。
そして、幸せとは人が生きてきた価値観によって変わってくるという大変大きな壁が存在する。
親や支援者にとって幸せだと思うことが、子供にとってそうとは限らないという事である。
そんな普通の子供でも起こる問題に、発達障がいのある子どもの親ももちろん直面する。
そこに結論を出そうと思うわけではないが、その問題を考えるときに一番大切にしたいと思っている事がある。
それは一番大切なのが子供の幸せだという事だ。
もちろん異論のある方もいるかもしれない。しかし、ほとんどの支援者や保護者は子供の幸せを願っているのではないかと信じている。
親の望みや支援者の希望ではなく、ましてや勉強できるという事が最も大切というわけではない。
それらはあくまで手段の一つである。
そこを間違えてしまうと、本人が嫌がっているのに何とか勉強させようとしたり、どうやったら働かせることが出来るかという事に囚われたりする。
だからこそ、何が目的なのかをきちんと共有認識していかなければならない。
話がそれたが、それでは働くという事はどれほど当事者の方々の幸せに結びつくことなのだろうか。
働く事の目的は大きく二つに分かれる。
1.お金を得る事
2.誰かの役に立つこと
である。話が膨らみ過ぎて長くなってしまったのでその2に続く。
※筆者が話が飛びやすいのは特性によるものかもしれません。生暖かい目で成長を見守りましょう。