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秋の和歌9・崇徳院

崇徳院はとても良い歌を詠む。
こういってはなんだが、元々一定以上の和歌の才能を持った人が絶望的な運命に見舞われたことによって、彼にしか詠めない境地に達している。
基本的に貴族たちが幻想の世界を詠んでいるのに対して、崇徳院は真に悲しみ苦しんでいる。


玉よする浦わの風に空はれて光をかはす秋の夜の月

これは流される前の歌です。
玉は真珠のことです。何のこっちゃと思いますが中国の伝説に善政を敷いたら海に真珠が流れ着いたというようなものがあるらしい。
もちろんそんなことは当時の学がある公家や貴族は誰でも知っていて、それを思い浮かべて詠んだわけです。
真珠が寄せる海辺の風に空が晴れて真珠と月が光を交わし合っている。
こういうロマンティックな歌を詠む人だったんです。

いつしかと荻の葉むけの片よりにそそや秋とぞ風も聞こゆる

と風のおしゃべりを聞いたり。

たなばたに花そめ衣ぬぎかせば暁露のかへすなりけり

花染めの衣が織姫の涙に濡れて色が抜けてしまった、っていうのも素敵ですよね。


感受性の豊かな人だったんだと思いますよ。

それが、配流された讃岐で詠んだ歌。

うたたねは荻ふく風におどろけど永き夢路ぞさむる時なき

荻を吹く風にはっとうたたねから目覚めることはあっても、永い夢から覚めることはない。
絶望してなければこんな歌は詠めないですね。
かつて荻吹く風に秋を告げる声を聞いていた彼は、暗く深く終わりのない闇にいる。

崇徳院の歌では、俊成に送った遺言の歌が大好きです。

夢の世になれこし契りくちずしてさめむ朝にあふこともがな


また会えたらいいね。









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