キリンの親知らず

「キリンにも親知らずはあるの?」
 娘の不意打ちに私は固まってしまった。
「お父さんキリン好きでしょ? 知ってる?」

 確かに私はキリンが好きだ。普通の人よりは知識も多いと自負している。しかし、「キリンに親知らずがあるのか」なんて考えたこともなかった。私は答えに困ってしまい、トイレに逃げてググろうかとも思ったのだが、ふと思いついてこう提案してみた。
「じゃあ、お休みの日に動物園に行って確かめてみよう。」
 妻もすんなり受け入れてくれて、娘も突然のレジャーに大喜びだ。

 日曜日、動物園に着くと3人でまっすぐキリンのいるエリアに向かった。事前に調べたキリンの餌やり体験に参加するためだ。そこなら飼育員さんに親知らずのことが聞けるかもしれないと考えたのだ。
 妻は参加者達のすぐ外でカメラを構えている。飼育員さんが説明を始めると奥の方からもう一人が一頭のキリンを連れて歩いてくる。眼前に迫るキリンに私も娘も息を飲んだ。それでは、と飼育員さんは娘に木の枝を手渡す。巨大な顔を前に娘は目がまん丸になり直立不動のまま枝をまっすぐ掲げている。キリンは口から紫色の舌を伸ばし持っている枝から葉をこそぎ取るように口に運んだ。口の中でゴリッゴリッとすりつぶす音が聞こえる。

 その時だ、キリンの口から何か白い物が落ちた。私は落ちた方に目をやり白い石のようなものを拾い上げた。表面に笑った口を描いたような形が2列3つずつ並んでいてひと目には気持ちの悪い石だった。 葉の無くなった枝を持ったまま硬直している娘に
「これ、今キリンの口から落ちたよ」
 と拾った物を見せたが、娘は手を出さず気持ち悪そうに眺めている。すると横から飼育員さんがやってきて、
「ちょっと見せてください。お! これはキリンの乳歯ですよ! 食べるときに抜けたんですね。」
 と教えてくれた。とたんに娘の目の色が変わり、いつの間にかキリンの歯を私から奪ってまじまじと見ている。
「これ、頂いてもいいですか?」
 とダメ元で聞いてみると、飼育員は困った顔をして、
「本当は研究用に持ち帰らないといけないんですが…」
 と言いながらキリンの歯を握りしめた娘に顔を近づけ
「内緒だよ。大事にしてね」と言ってくれた。

帰り道、妻の「親知らずは?」の言葉で、質問するのを忘れた事を思い出し、妻には苦笑いをされたが、娘の固く握られた手を見て「まいっか」とつぶやいた。

#親知らず #くま式 #多頭少女

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