風立ちぬ(Si alza il vento) 宮崎駿(番外編)
私の息子が好きなジブリ映画で1つ紹介していなかったものがあった。それは、「風立ちぬ」。渋いと思われるかもしれないが、宮崎駿が少年の頃から積み上げた飛行機愛を思う存分表現した映画である。子供が好きじゃ無いわけがない。
私がこの映画でもっとも心動かされるシーンは、実はあまりにも序盤なのだが、二郎少年が夢の中でカプローニさんと出逢うところだ。野村萬斎がカプローニ役なのだが、登場シーンの唯一のイタリア語のセリフは少しぎこちなく始まる。
”Ragazzo giapponese? Il tuo sogno? Come mai ti trovi qua--?”
カプローニの夢のはずが、二郎少年の夢と繋がってしまい、二人は出逢うという設定だ。カプローニは飛行機好きの次郎の憧れの人、飛行機の設計士だ。
宮崎駿のイタリア愛がここでも感じられるのだが、カプローニという人は実在の人物だ。ジョヴァンニ・バチスタ・カプローニはイタリアの航空技術者として世界的にも有名な人である。トレンティーノ出身の人のようだ。ミラノのマルペンサ空港を開いた人でもある。
カプローニが実際に作った飛行機もこの本作には描かれている。宮崎駿のような飛行機おたくだったら、この映画が数百倍楽しめたことだろうと思うと恨めしくも感じてしまう。
↓結局飛ぶことはなかった失敗作の飛行機
↑カプローニ退任式の飛行機
宮崎駿は野村萬斎にこう説明したと言われている。
「カプローニは二郎にとって、メフィストフェレスだ」と。
メフィストフェレスはゲーテの戯曲「ファウスト」に出てくる”悪魔”だ。錬金術師のファウストが自分の自己実現のために、メフィストフェレスへ魂を売り、それと引き換えにその能力を手に入れる。
憧れの師ともいえる存在が、実は二郎を巧みに操る悪魔という存在。つまり、
「飛行機は戦争の道具ではない。飛行機は美しい夢だ。」
とカプローニは二郎に諭し、二郎は美しい夢を追い続けるが、結局彼が作った零戦という日本が誇るCapolavoro(傑作)は、戦争を激化し、たくさんの死者を出してしまったのである。
結局この時代、飛行機は爆撃機を詰まなければならず、戦争のためのものになるという道しかなく、その運命に静かに抗いながらも、結局美しい夢を実現するためにその運命を受け入れざるを得なかった。カプローニは自分でもそれをわかっていながら、そして自分自身もその運命を受け入ればければいけない人間であることを自覚しながらも、さらに二郎という天才を誘惑したのである。
私はこの二郎とカプローニの共有する夢に、複雑化してしまった世界のあらゆる矛盾を垣間見、切なくなり、涙するのである。