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エッセイとイタリアからのおいしいもの

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日々の何気ない事柄、ふと道で思いついたことを書き綴っている、そのエッセイとともに繰り出されるイタリア料理のレシピ。色々と考えていると結局何かおいしいものにたどり着きます。Prim…
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2020年7月の記事一覧

自転車泥棒(Ladri di biciclette)

 自転車を盗まれることは今のローマでもきっと珍しいことではない。しかし今なんかと比べ物にならない、戦後すぐの市民にとっては大事だった。  イタリア敗戦後すぐの、まだまだ荒廃しているローマを描いている。Casa publica(公共団地)が郊外の何も無い更地に建てられていて、失業者がたくさん職業安定所の周りでわらわらし、自分の名前が呼ばれるのを待っている。奇跡的にも仕事を紹介されたリッチだが、「自転車が無ければ仕事は他の奴に譲る」と職員から言われてしまう。しかしリッチは自転車

重曹中毒

 以前に「シャドーワーキング」について書いたことがあったが、(もはや"夫が家事をあまり仕事と認識していない"という愚痴のような記事だったので、恥ずかしいあまりだが)あれから夫もだいぶ変わり、言われなくても「名もない家事」をやってくれるようになった。  きっかけは夫と、子供の保育園の送り迎えの分担に関して、一悶着あり、私が 「あなたは家事をやる能力が著しく低いから、私がやるしかない」 という言葉を吐いたときだったと認識している。それから彼は言われなくても、私が密かに山のよ

シャドーワーク・サンドバッグ打ち

 昨日、洗濯を取り込むのを忘れてしまった。夫も気付いてくれなかった。幸い今日までかんかん照りだったので、朝に取り込んでもまだ、洗濯物は太陽の匂いがした。  最近よく聞くようになったシャドーワークという言葉。いわゆる「名も無き家事」である。こういう言葉が生まれて本当によかった。自分の行っていた細かな「何でもない事」が、少なくともカテゴリー化されることで、「何でもある」ことに昇級したから。子育てに勤しんでいる人もそうでない人も、これで気持ちだけでもホッとした人が多かれ少なかれい

涙の理由

 電車通勤がなくなってから、イヤホンを耳にしなくなった。私はいつもラジオを通勤中に聞いていたのだけれども、イヤホンは耳に悪いし、そもそもベビーカーで子供を連れながらのイヤホンは危なくてしていられない。なのでここ2年ぐらいはずっと、自分の聞こえるレベルの音量でラジオをかけ、流しっぱなしでバッグの中に忍ばせている。近所を歩くときだけだけれども、迷惑だろうか。自分としては、そんなに喧しいラジオを聞いているつもりはないので、迷惑にならない程度にかけていると思っている。それに私は歩くの

幕開け

 ベランダのプランターで房なりに育ったトマトが、赤く色づいてきた。友人は自分の子供にそれを指差し「しゅうかく」という言葉を教えようとしていた。1歳10ヶ月なのに助詞も正しく使うほどよく喋れる子で、小学生の頃に読んだ「天才えりちゃん、金魚を食べた」という本を彷彿させる。お母さんが、地味ながらも丹念に子供に話しかけをしているのをよく見ていたし、ご両親共々才能のある人たちだから、他人の私まで期待を寄せてしまうような女の子である。いつも綺麗な色のふわっとしたスカートを着て、あのウィス