181)活性酸素ががん細胞を死滅する:フェロトーシス誘導療法とは
体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術181
ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。
【がん細胞は鉄を多く取り込んでいる】
私たちの体内には、体重60kgで平均4g程度(2~6gくらい)の鉄が存在します。鉄は全て食事から体内に摂取しています。鉄は酸素などの小さな分子と強く特異的に結合する性質があります。体内の鉄の60%くらいはヘモグロビンのヘムとして存在します。
ヘム(Heme)は2価の鉄原子とポルフィリン(プロトポルフィリンIX)から成る錯体で、赤血球中のヘモグロビンは、ヘムの鉄原子が酸素分子と結合することで酸素を運搬します。(下図)
ミトコンドリアの電子伝達系(呼吸鎖)にあるシトクロムというタンパク質はヘムを含んでおり、これがエネルギー生成の過程で電子を輸送します。
鉄はイオンの価数が変化する遷移金属で、簡単に2価イオン(Fe2+)と3価イオン(Fe3+)の両方の型を行き来するので、電子の移動を伴う生体反応に利用されています。例えば、NADPHオキシダーゼ、キサンチンオキシダーゼ、リポキシゲナーゼ、チトクロームP450酵素など多くの酵素の活性に必要です。ペルオキシソームで過酸化水素(H2O2)を分解するカタラーゼの活性にも鉄は必須になっています。
このように、鉄イオンは細胞の呼吸、核酸合成、増殖などに必須な補助因子として重要な役割を果たしています。したがって、細胞増殖が亢進したがん細胞は鉄の需要が増え、鉄の取り込みが増えています。
【2価鉄イオン(Fe2+)はフリーラジカルを発生して細胞を傷害する】
鉄は様々な生体反応に必須の物質ですが、過剰になると活性酸素発生の触媒作用を発揮することによって細胞の酸化傷害を引き起こし、発がんのリスクを上げることが明らかになっています。
鉄の代謝異常で細胞内に鉄が多く蓄積する遺伝性疾患や、慢性炎症などでフリーの鉄イオンが増える状況では、細胞のがん化が促進することが明らかになっています。
さらに、人間では定期的に除鉄を行うとがん発生が抑制されることが明らかになっています。1年に2回の定期的瀉血が内臓がんの発生を35%減少させるという論文が2008年に報告されています。(J Natl Cancer Inst. 2008 Jul 16;100(14):996-1002.)
つまり、献血のようにして定期的に瀉血して、体内の過剰な鉄を減らすことはがん予防に有効であることが示されています。さらに、鉄による酸化傷害を防ぐことは細胞の老化の進行の抑制にも有効です。
2価のフリーの鉄は過酸化水素(H2O2)と反応してフェントン反応により有毒なヒドロキシルラジカルを生じ、DNA障害、脂質酸化、細胞死などを引き起こします。
フェントン反応とは、過酸化水素(H₂O₂)と2価の鉄イオン(Fe2+)が反応して、非常に強力な酸化剤であるヒドロキシルラジカル(•OH)を生成する化学反応のことです。ヒドロキシルラジカルが細胞や組織を傷害します。(下図)
鉄は電子の授受を容易に行いうることから種々の酵素の活性中心として働いており、地球上のほぼすべての生物にとってその生存に必須な元素です。 しかし一方で,2価鉄(Fe2+)が過剰に存在すると、その高い反応性ゆえにフリーラジカルの産生を促進し細胞に対する傷害性をもたらすということです。
つまり、鉄は「両刃の剣」であり、鉄は不足しても過剰でも生体に悪影響を及ぼすため、生体においては鉄の量がつねに適切な量になるよう厳密に調節される必要があるのです。
慢性炎症組織やがん組織では、この鉄イオンの調節に破綻をきたし、フリーの2価鉄(Fe2+)が過剰に存在する状況になっています。この過剰鉄がフリーラジカルや活性酸素の産生を惹起して細胞毒として働き、細胞の老化やがん化を促進すると考えられています。
したがって、慢性炎症やがんの予防や治療における戦略としては、鉄イオンを減らす方法が考えられます。この方法として、瀉血や鉄のキレート剤の使用があります。 このような方法で鉄を減らせば、慢性炎症やがんの発生や進行を抑えられると考えられています。
しかし一方、がん細胞内に過剰な2価鉄イオンが存在することを利用して、がん細胞を死滅させる治療が注目されています。それがフェロトーシス誘導療法です。
【フェロトーシスは鉄介在性の細胞死】
フェロトーシス(Ferroptosis)の「フェロ(Ferro)」は鉄という意味です。「ptosis」は「下垂する」という意味で、枯れ葉が枝から落ちる様から細胞の死を意味します。つまり、フェロトーシスは「鉄が介在する細胞死」を表しているのです。
フェロトーシスでは、鉄依存的な活性酸素種の発生と過酸化した脂質の蓄積によって細胞死が起こります。細胞内の鉄に依存する機構であり、他の金属類には依存しません。
がん細胞は鉄の取り込みが増えており、鉄介在性に活性酸素の産生が増え、細胞膜の脂質の過酸化が蓄積して細胞死が起こります。この鉄介在性の細胞死をフェロトーシスといいます。(下図)
【抗マラリア薬のアルテミシニン誘導体はがん細胞にフェロトーシスを誘導する】
鉄と反応して活性酸素を生成する薬として、マラリア治療薬のアルテミシニン誘導体があります。近年、がん治療の領域においてアルテミシニン誘導体によるフェロトーシス誘導作用が注目されています。
青蒿(セイコウ:Artemisia annua)というキク科の薬草は中国伝統医学でマラリアなど様々な感染症や炎症性疾患の治療に古くから使用されていました。青蒿に含まれる抗マラリア作用の活性成分がアルテミシニン(Artemisinin)で、その効果を高めたアルテスネイト(Artesunate)とアルテメーター(Artemether)という2種類の誘導体が合成されています。これらは現在、マラリアの治療薬として世界中で使用されています(下図)。
青蒿からアルテミシニンを発見して抗マラリア薬を開発した中国の女性科学者の屠呦呦(Tu Youyou)博士は、2015年のノーベル生理学・医学賞を受賞しています。マラリアは熱帯・亜熱帯地域に広く分布し、最近のデータでも全世界で年間2億人以上が発症し、死者は50万人以上と言われる感染症です。その治療薬のアルテミシニン誘導体の開発は、「伝統薬から開発された医薬品としては20世紀後半における最大の業績」という表現がなされているほど、医学において重要な成果だと言われています。
青蒿(セイコウ)という生薬は強力な解熱作用があり、中国医学でマラリアなど様々な感染症や炎症性性疾患の治療に古くから使用されていました。
ベトナム戦争中に南ベトナムで組織された南ベトナム解放民族戦線(通称ベトコン)を援助するために中国軍がベトナム戦争に従軍しましたが、密林でマラリアに感染して病死する兵士が多く、そこで毛沢東の命令でマラリヤの治療薬の開発が国家プロジェクトとして1967年に開始されました。その指揮を取ったのが、当時37歳の屠博士でした。屠博士は1970年代に、その薬効成分のアルテミシニンを分離し、アルテミシニンやその誘導体のアルテスネイトやアルテメーターの抗マラリア薬としての有効性を確認しました。
アルテミシニンおよびその誘導体(アルテスネイト、アルテメーター)は分子の中に鉄イオンと反応してフリーラジカルを産生するエンドペルオキシド・ブリッジ(endoperoxide bridge)を持っています。
アルテスネイトは、非常に低濃度で体内のマラリア原虫を死滅させます。マラリア原虫は赤血球内に感染します。マラリア原虫が感染した赤血球内では、マラリア原虫によって赤血球中のヘモグロビンが分解してフリーの鉄やヘムが蓄積し、その鉄やヘムとアルテスネイトが反応してフリーラジカルが赤血球中で発生してマラリア原虫を死滅させると考えられています。つまり、赤血球内のマラリア原虫の周りにはフリーの鉄やヘムが多く存在するので、アルテスネイトの効果が出やすいのです。(下図)
【アルテスネイトはがん細胞内の鉄イオンやヘムと反応して細胞死を誘導する】
アルテスネイトの抗がん作用のメカニズムで最も重要なのが、がん細胞にフェロトーシスを誘導する作用です。がん細胞は鉄を多く取り込んでいるので、その鉄と反応してフリーラジカルを産生してがん細胞を死滅させるという作用機序です。
鉄は細胞増殖に必要なため、がん細胞はトランスフェリン受容体の発現量を増やして鉄を多く取り込んでいます。細胞分裂の早いがん細胞ほど鉄を多く取り込んでいると言われています。したがって、がん細胞内の鉄と反応してフリーラジカルを発生するアルテスネイトは、正常細胞を傷つけずにがん細胞に選択的に傷害を与えることができます。
【5-アミノレブリン酸と鉄剤はフェロトーシスを増強する】
5-アミノレブリン酸(5-ALA)は正常細胞のミトコンドリアを活性化するので抗老化のサプリメントとして利用されています。がん細胞に対してはミトコンドリアでの活性酸素の産生を増やし、フェロトーシスを促進します。鉄と5-ALAはがん細胞に多く取り込まれる性質があるため、アルテスネイトと鉄剤と5-ALAの組み合わせはがん細胞のフェロトーシス誘導を増強するのです。
5-アミノレブリン酸 (5-aminolevulinic acid:5-ALA) は、炭素数5で分子量131の動物および植物のミトコンドリアによって生合成される天然のアミノ酸です。ミトコンドリアの中でアミノ酸の一種のグリシンと、クエン酸回路(TCA回路)で生成されるスクシニルCoAという2つの物質から作られます。
ミトコンドリアの中でグリシンとスクシニルCoAから生成された5-アミノレブリン酸は、一度ミトコンドリアの外に出て行きます。細胞質内で何種類かのポルフィリンという物質に変化し、再びミトコンドリアに戻ってきます。そして、最終的にプロトポルフィリンIXに変わります。このプロトポルフィリンIXに鉄がくっついてできたのが「ヘム」という物質です。(下図)
動物細胞では、8分子の5-アミノレブリン酸がポルフィリン環を形成して、中心に2価鉄が配位されてヘムになります。植物細胞ではプロトポルフィリンIXはマグネシウムと結合してクロロフィル(葉緑素)になります。クロロフィルは植物が光合成をする上でなくてはならない物質です。
ポルフィリンは、鉄・銅・亜鉛などの金属イオンと結合してヘムやクロロフィルなどを形成します。これらの化合物は、生物体内で酸素の運搬(ヘモグロビンとミオグロビン)、電子の移動(シトクロム)、光合成(クロロフィル)など生命維持に必要な多くの化学反応に関与しています。(下図)
【フリーの鉄よりヘムの方がアルテスネイトの抗がん作用を増強する】
フリーの鉄よりヘムの方がアルテスネイトの抗がん作用を増強することが報告されています。アルテミシニン誘導体は、活性酸素の産生を介して抗マラリア活性を発揮すると考えられます。ヘム、無機鉄、ヘモグロビンは全て、アルテミシニンと反応して活性酸素を産生する分子として関与していると考えられています。そこで、アルテミシニンと様々な酸化還元形態のヘム、第一鉄(2価鉄)、脱酸素化ヘモグロビンおよび酸素化ヘモグロビンとの反応を分析しました。その結果、ヘムは他の鉄含有分子よりもはるかに効率的にアルテミシニンと反応し、活性酸素の産生を高めました。
アルテスネイトの殺細胞作用は、細胞のヘムの合成を亢進すると増強し、ヘムの合成を阻害すると減弱することが示されています。つまり、アルテスネイトの殺細胞作用の活性化にはヘムの存在が重要であることを明らかにしています。
【5-アミノレブリン酸はヘムの合成を亢進してアルテスネイトの抗腫瘍効果を増強する】
アルテスネイトなどのアルテミシニン誘導体の殺細胞作用は正常細胞に比べてがん細胞に強く発現します。その理由として、がん細胞ではヘムの合成が亢進していることが指摘されています。実際に、ヘム合成の前駆物質の5-アミノレブリン酸を添加してがん細胞のヘム合成を亢進するとアルテミシンの抗腫瘍活性が亢進することが示されています。
マウスの移植腫瘍を用いた実験でも、アルテミシン単独よりもアルテミシン+5-アミノレブリン酸の併用の方が抗腫瘍効果が高くなることを示しています。
アルテスネイトは活性酸素を発生させてがん細胞を死滅します。鉄剤(クエン酸第一鉄ナトリウム)と5-アミノレブリン酸を併用すると活性酸素の産生量を増やし、アルテスネイトの抗腫瘍効果を高めることができます。鉄剤と5-アミノレブリン酸をがん細胞に取り込ませてからアルテスネイトを投与すると、アルテスネイトによるフェロトーシス誘導を促進できます。(下図)
活性酸素ががん細胞を死滅するフェロトーシス誘導療法とは静止動画はこちら
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