異形の三匹
昔々在る所に俺と俺と俺が住んでいました。
ある日のこと。一人の俺は山に芝刈りに、もう一人の俺は川へ洗濯に行きました。
残された俺は溜まっていた本でも読もうかと「【詳解】秘剣川越斬り」を読み始めたところなんとも難解な横文字、なんの短縮だかわからない短縮英字ばかりでそもそも川越斬りがどんなものなのかさえ解らない。CEOなんて言葉がどうして出てくるのか。イノセントオブラブがどうして剣術に必要なのか。なんとか一章を読み終えたところで俺はそっと書を閉じた。
空にはとんびが優雅に旋回をしている。お前は自由だなと悪態をつきながらもそろそろ帰ってくる二人俺のために飯を作らねばなるまい。冷蔵庫を開けると冷凍餃子がまだ残っているので米だけ炊くことにする。
先月山姥に荒らされたばかりの蔵はまだ戦闘の傷跡を残していた。米を取り、禍々しいその場所からさっさと出る。山姥旨かったな。今日は健康志向で玄米としよう。釜の蓋を閉め、赤子タイマーが泣いても放置していればすぐに米は炊ける。果たしてそこには芝刈りから帰ってきた俺が立っていた。
「いたぞ、あいつだ。」
あいつと言われてもこのような物騒な世界。一体誰なのだと言うと赤目だという。赤目は体長十四尺(約四メートル)もあるヒグマで四年ほど前に姿を見せるようになった。もう村のものが何人も死んでいる。忘れてはいたが秘剣川越斬りを覚えようとしたのはそもそも赤目を倒したいと思ったからだったんだ。俺は俺に、まだ一章しか読み進めていないことを侘びた。