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実は不妊の48%が男性に原因あり。生殖医療業界の実態と男性不妊治療の最先端「精索静脈瘤治療 ナガオメソッド」とは?
2022年4月から、日本でも不妊治療に健康保険が適用されるようになった。これにより、人工授精や体外受精、顕微授精などの治療が保険適用となり、治療の選択肢が広がっている。
しかし、どのような治療があるのかを知る人は少ないのではないだろうか?
そこで、男性不妊治療の第一人者であり、医療法人社団マイクロ会 銀座リプロ外科(以下、銀座リプロ)及び東邦大学大森病院 リプロダクションセンター長の永尾光一さんに、生殖医療業界の実態と彼が考案した「ナガオメソッド」などについて話を聞いた。さらに筆者が視診・触診、エコー検査を受診し、その様子をレポートする。
不妊治療は婦人科の独占状態…。生殖医療業界の実態
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不妊治療と聞くと、多くの人が婦人科での治療や女性が受診する印象を持つかもしれない。しかし不妊の原因が男性にもあり、WHO(世界保健機構)の不妊症原因調査によれば、男性のみ24%、女性のみ41%、男女とも24%、原因不明が11%で、つまり男性不妊は48%です。
「婦人科治療で行われている人工授精、体外受精、顕微授精では、男性の生殖機能は改善しません。また、日本の生殖医療業界全体が縦割りの組織となっているため、婦人科側は患者さんに泌尿器科を紹介せず、見当違いな治療を行っているケースが多いです。最近、生殖医療ガイドラインに『泌尿器科でエコー検査をしましょう』といった文面が1行だけ掲載されるようになりましたが、守っていない婦人科が多いのが現状です」
婦人科における男性側の検査といえば、精液検査のみであり、その動いている精子の総数を示す総運動精子数を計る。しかし、その結果により男性ではなく、女性の不妊治療が決まってしまうという。加えて男性側の対処方法も、症状にアプローチできない漢方などを処方されるケースが多い。
「根本的な治療を行わないまま時間が過ぎてしまうと、女性は年齢を重ねるごとに高齢出産のリスクが増し、金銭的・身体的な負担も増えます。そして最終的には、婦人科での治療に頼らざるを得なくなるという悪循環に陥ってしまいます」
さらに婦人科が行う精液検査は、院内ではなく自宅での採取が原則だが、自宅から病院までの間に紫外線と気温の影響で精子の運動量が下がるため、受精の成功率が低くなってしまう。言うなれば、真夏にアイスクリームを自宅から病院まで運ばせているような状況であり、精子の質が落ちてしまうのは必然と言える。
男性不妊の40%以上に疑いがある「精索静脈瘤」とは?
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そんな男性不妊の主な原因とされるのが「精索静脈瘤」。これは腎臓の静脈が逆流し、精巣の周りで鬱血する病気で、例えるなら、水道管が詰まって水が逆流するような状態だ。一般男性の15%にこの症状が見られ、不妊男性の40%以上にその疑いがあるという。
精索静脈瘤の症状には、精巣機能の低下や精巣萎縮、精液検査結果の悪化、精子のDNAダメージ、陰嚢の異常、男性ホルモンの減少などがある。例えば、歌が上手な男性の精子が女性の卵子に授精した場合を考えてみよう。このとき、男性が精索静脈瘤を放置すると、精子のパフォーマンスが低下し、健常であれば100%遺伝するはずのものが、80%や70%程度しか遺伝しなくなるといったイメージだ。
「精巣は体温の2~3度低い状態で機能しますが、精索静脈瘤を放置すると、精巣の温度が徐々に高まり、3年間の放置で総運動精子数が27分の1に低下、5年間でテストステロンが正常値以下になるなど悪化する場合も多い。さらに、両側の精巣が一つの陰嚢に入っているので、もう片側の精巣にも悪影響を与えます。痛みや違和感などがあれば早めに受診してください。人によっては自覚がない場合もあるが、陰嚢の腫れ・凸凹・左右差があることもありますので、些細な変化でも見逃してはいけません」
ただ、精索静脈瘤は軽度であれば手術を受ける必要はなく、銀座リプロでは、陰嚢の腫れや凸凹が触診でわかるレベル、またはエコー検査で2.8~3ミリ以上の静脈が複数ある場合を手術適用としている。
主な手術方法は「顕微鏡下鼠径部高位結紮術」と「顕微鏡下鼠経下低位結紮術」の2種類
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主な手術方法には、一般的な顕微鏡下鼠径部高位結紮術(左)と顕微鏡下鼠経下低位結紮術(右)の2種類がある。前者は保険適用で安価だが、全身麻酔と3泊4日の入院、3週間の運動制限が必要で、再発率は5%とやや高めである。後者も技術が低いと外精逆流静脈が残るため、再発率は同じく5%以上と高い。
※結紮とは逆流静脈を縛り悪い血流を止めること
「外科手術は術者の技術に大きく左右されるのですが、特に顕微鏡下鼠経下低位結紮術においては、顕微鏡手術の基礎トレーニングを受けていない医師が多くいます。そのため簡単な方法で手術が行われてしまうのです。精巣には精管や動脈、リンパ管、神経などが60~100本ほど通っているのですが、精管1本、動脈1本を確保し、それ以外の動脈・リンパ管・神経を一括で縛る方法を行っています」
また、一般的な顕微鏡下低位結紮術は外精逆流静脈が残り、血管の隔離が不十分で再発率が高い上に後遺症として血流障害、精巣萎縮、リンパ浮腫、痛みなどが発生することも。「なかには精巣が壊死しなければ問題ないと考える医師もいます。手術は精巣機能の改善が目的ですので、この見解は間違っていますよ」と話す永尾さん。
そのほか、補助的療法として、CoQ10・ビタミン剤などの抗酸化剤や亜鉛、漢方薬、ホルモン薬があるが、いずれも男性の生殖機能の根本的な改善にはつながらず、効果があっても軽度で医学的根拠も低いとのこと。
「喫煙や長風呂、長時間のサウナ、窮屈な下着を履くなど、精巣に負荷をかける行為は、精巣の悪化や精索静脈瘤発症の原因となります。日頃から意識して予防に努めましょう」
生殖機能を改善させる「精索静脈瘤治療 ナガオメソッド」
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一方、永尾さんが考案した「精索静脈瘤治療 ナガオメソッド」(以下、ナガオメソッド)は顕微鏡下低位結紮術に分類される。しかし、一般的な方法とは異なり、0.5mmの血管吻合技術のある医師(スーパーマイクロサイジャン)が、重要な精管1本、動脈6本以上、リンパ管8本以上、神経8本以上温存でき、内精逆流静脈だけでなく外精逆流静脈も全て確実に結紮する。更に局所麻酔で日帰り手術(※手術時間は50〜90分ほど)が可能であり、術後も軽い運動は1週間後、入浴や飲酒、水泳、筋力トレーニングは2週間後から再開できる。
外精静脈も結紮する事は欧米では一般的であるが、日本では銀座リプロ外科だけで行われ、再発率は0.5%以下と非常に低く、一般的な顕微鏡下低位結紮術と比較しても優れた治療法であり、生殖機能を改善させる方法だ。
「ナガオメソッドは、顕微鏡手術の基礎トレーニングを受け、さらに高度な顕微鏡手術の経験を持つ医師のみが行える手術方法です。私が開発した『ナガオ棒』を使用し、細かい動脈をまとめずに、顕微鏡を用いて1本ずつ温存し、全ての逆流静脈を1本ずつ結紮します。ですから後遺症がありません」
麻酔方法についても、痛みが予想される部位に少しずつ麻酔薬を追加し、より狭い範囲で手術を行う、永尾さんが開発した「7段階麻酔」を使用している。注射方法も皮膚をつまんで針を素早く刺し、薬液をゆっくりと注入して優しくマッサージするなどの工夫を施しており、痛みを感じることなく済む。これらの方法により、11歳から手術が可能だ。
「術前に痛みを心配される方が多いですが、実際には『手術はいつ始まるのですか?』と尋ねられたときにはすでに手術が終わりかけていたり、『触れられている程度の感覚しかなく、痛みは全く感じませんでした』という声がほとんどです」
患者の多くは婦人科での治療がうまくいかず、そのほか様々な不妊治療を試みた後、最終的に銀座リプロにたどり着くという。永尾さんは「日本の不妊治療の現状を理解している医師が患者として、同僚泌尿器科医の紹介で当院を訪れることが多い」と話す。
なお永尾さんを含め、ナガオメソッド手術が行えるのは銀座リプロ外科の医師だけで、手術の予約状況については手術枠が非常に多いため待ち時間も少なく、急いでいる方には助かっている。
87%の人が術前より精液改善。ナガオメソッドの実績
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ここからはナガオメソッドの実績について紹介する。まず、総運動精子数は、顕微授精レベル、体外受精レベル、人工授精レベル、自然妊娠レベルの4つに分類されており、婦人科治療の基準では以下のように分けられている。
(総運動精子数)1560万以上:自然妊娠レベル
900~1560万未満:人工授精レベル
500~900万未満:体外受精レベル
500万未満:顕微授精レベル
※ただし、妻の年齢を考慮する必要あり
そしてナガオメソッドでは、87%の患者が術前より精液が改善し、無精子症の患者の14%に精子が確認されている。レベル別で見ても、以下のように全てにおいて正常化、自然妊娠レベルでもさらに妊娠しやすくなるといった成果がでている。
自然妊娠レベル:1.8倍とさらに改善
人工授精レベル:4.3倍と正常化
体外受精レベル:2.5倍と正常化
顕微授精レベル:18倍と正常化
「精巣の機能が改善されることで、精子のDNAがよくなり、体外受精、顕微授精、自然・人工授精など全ての方法で女性の妊娠出産率が向上します。結果として受精卵の質が向上し、流産のリスクも減少するため、奥さまの負担が軽減されます。
ほかにも手術を受けた90%以上の患者に、2人目不妊の解消、痛みの軽減、男性ホルモンの改善が見られるという。
「症例として『朝日新聞』に掲載された当院の実績についてご紹介します。手術前の精子総運動精子数が3万から5.6万と顕微鏡レベルだった患者さんが、ナガオメソッド手術を受けた3ヶ月後には総運動精子数が6968万に改善し、自然妊娠可能なレベルになりました。これは術前の1244倍に相当します。さらに、術後6ヶ月目で自然妊娠し、14ヶ月目で健康なお子さんを出産されました。その後も正常な精液で2人目も自然妊娠しました。このように、顕微授精レベルだった方の38%が正常な精液に、つまり自然妊娠可能なレベルにまで改善するのです」
長年不妊治療に苦しんでいた人たちが、銀座リプロのナガオメソッドによってその悩みを解消し、その治療実績は現在2万件を超えている。感謝の意を伝えるために直接訪れる夫婦や、手紙で子どもたちと一緒に撮影した写真を送ってくる患者も多いという。
「患者さんと喜びを共有できることは非常に嬉しく、感謝の気持ちでいっぱいです。ナガオメソッドは、ヨーロッパ泌尿器科学会ガイドラインでAランクの推奨を受けている治療法ですので、不妊治療に不安を感じている方は、ぜひ一度当院の検診を受けてみてください」
なお、ナガオメソッド手術の費用(精巣の片側)は以下のとおり。
基本料金: 42万円(税抜)
永尾さん施術の場合:片側 52万円(税抜)
麻酔費用:2万円(税抜)
土日・祝日割増:2万円(税抜)
取材後、筆者が視診・触診、エコー検査を受診
32歳独身男性である筆者は、将来を見据え、取材後に視診・触診、エコー検査(税抜5000円)を受診することにした。痛みにすこぶる弱い筆者は、高鳴る鼓動を抑えつつ永尾さんに案内され診察室に向かう。
最初に永尾さんから、大きな病気の経験やアレルギーの有無、服用中の薬、既婚か独身かといった問診を受ける。ここで改めて診察とエコー検査を実施してもよいか確認があるため、筆者のように不安を感じやすい人にとっては、安心感を得られるはずだ。
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まずは触診と聞いて緊張しながらも、ズボンを足首まで下ろし、診察台に浅く腰掛ける筆者。男性なら誰もが共感すると思うが、睾丸を掴まれるのは急所を握られるのと同じであり、恐怖で力が抜けそうになる。
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しかし、実際に始まると掴まれている感覚はほとんどない。「少し触れられている程度だな」と感じる程度だ。触診では、左右の睾丸の大きさや精子の通り道に異常がないかを確認するが、わずか1分弱で60〜100本ある細かい管の状態を把握できるのはまさに巧みの業である。
つづいてエコー検査が始まり、ゼリーを塗布したエコープローブを睾丸に当てられるが、これもゼリーの冷たさを少々感じる程度で痛みは全くない。大きく息を吸い、腹部に力を入れ、血流が逆流していないか、腫瘍がないか、静脈の径を測り、逆流の有無など、精索静脈瘤がないかをチェックし、永尾さんから、モニターに映る睾丸の各部位に関する説明を受けて検査終了だ。問診からここまでで約10分。あまりに短時間の検診に、筆者は「あれ、これだけ?」と声を漏らした。
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最後に永尾さんから、手術適応の精索静脈瘤はないという検査結果を受け、筆者はひと安心。なお、精索静脈瘤が見つかった場合は、ここから精索静脈瘤や手術に関する説明が行われる。筆者ほど痛みに対して抵抗があっても問題なかったので、痛みや違和感を少しでも感じる人は、視診・触診、エコー検査を受けてみることをおすすめする。
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デリケートな問題であるため、不妊治療に関する不安や悩みを吐き出せず、心身ともに負担を抱える人も少なくない。この記事が、そうした人々の救いとなることを切に願っている。