15話*ボンさん、イン ザ ハウス
私はあちこち走り回り、ボンさん用のトイレや毛布を用意して、狭い家だけどなるべくボンさんが過ごしやすいように用意してみた。
猫を飼ったこともない無知な私たちは、試行錯誤。
1日目は、ご飯や水も受け付けないままボンさんはテレビボードの上でずっと寝ていた。
私達は交代でどちらか必ず家にいるようにした。
お互い仕事がうまくいっていなかったので、時間はあった。
こんな状況になるなら、ラッキーとしか言えない。このために全てうまくいってなかったのかもしれない。
私達は、ボンさんとこれからずっと一緒に暮らすつもりだった。
ペット不可のマンションで住み続けるのは無理だから、引っ越す事を決意した。それまで何とか隠れてボンさんとマンションに住もうと思った。
2日目、ボンさんは膝に乗って来た。
ご飯や水はまだ無理だったけど、外に出ようとする素振りもなく、部屋で大人しく寝てくれていた。
いつも寒い外で膝に乗せてるから「ボンさんを膝に乗せて暖かい部屋で一緒にテレビとか見れたら最高なのになあ」と言っていたことが、こんな形だけど叶ってしまった。
でも、ご飯と水を受け付けないままだから安心はできない。ご飯を食べる事が生きる意思。
ボンさんがこのままずっと食べなかったらどうしようと不安で仕方なかった。
毛繕いすらしなくなっていたボンさんの代わりに、ウェットタオルでボンさんの体を拭いた。
仲間の猫に毛繕いしてもらってる風にしようと、ボンさんの体を舐めてるフリをしながら拭くという新技も編み出した。
心なしかボンさんが喜んでいる気がして、ずっとボンさんをエアーペロペロしていた。端から見たらだいぶキモい。
3日目くらいの夜だろうか、ずっと同じ場所で寝ていたボンさんが、夜中にトイレに行った帰りにニャーと鳴いて私に近づいて来た。
目が覚めた私は心配になり「どうしたの?!ボンさん!」と、飛び起きたら、ボンさん私の顔の近くまで来て、
「ぶへっぶしょーんっ!!」
突如、ボンさんの鼻から鼻水が勢いよく私に放出された。
「うぎゃー!」
鼻をペロリと舐めながら私を見るボンさん。
( ゜д゜)
呆然とするワタシ。
パートナーTも飛び起き、爆笑。可笑しいのと、そんなボンさんが久しぶりで嬉しすぎて笑った。
そしてボンさんはそのまま私達の布団に来て、一緒に寝た。
その夜、私は夢を見た。
病気のホウホウに「お願いだからお水飲んで、死んじゃうよ!」と必死で説得している夢だった。
そしたらホウホウが、『この人のためにがんばろう』とお水を飲みご飯まで食べ始めた夢だった。
夢ではホウホウだったけど、もしかしたら………と、
朝、起きてボンさんにご飯をあげてみた。
すると、ボンさんは1週間以上ぶりにご飯を食べ始めた。
嬉しくて、嬉しくて、、、、
ホウホウがボンさんを説得してくれたのか?
夢のホウホウは、実はボンさんだったのか?
どちらでもいいか。
ボンさんは、生きてくれるんだ!そう思った。
私達は一緒に乗り越えた。
ご飯を食べ始めたボンさんは、どんどん元気になっていった。ファミチキ食べてたら、とてつもなく興奮するぐらい元気になった。
元気になったから、お風呂に入れようと試みた。
試しに、バスタブにお湯をはってボンさんを呼んでみたら、ボンさんはやって来て、バスタブの淵に飛び乗った。
これはイケるぞ、とお湯に浸けてみたら、ボンさん大慌てで逃げて行った。
『水は嫌だよ〜』って顔で、ションボリするボンさん。
ですよね!って、もちろんそれも想定して水の要らないシャンプーを買っておいた。
ボンさんも自分が外から家に来たから私がキレイにしようとしているのは何だか解っているようで、
私が水の要らないシャンプーをつけ始めると「それならまだ我慢できるよ」って感じで大人しくなり、座って私の膝に手をかけながらずっとシャンプーさしてくれた。
家の暮らしも初めてではないのではないかと思うくらい、落ちついていたボンさん。
私がボンさんと二人きりの時に、「ボンさん、お風呂入ってくるわ!」と言うと、
「どうぞ〜」って感じで一声『にゃあ』。
お風呂入りながら、ボンさん大丈夫かな……
と、心配性の私は「ボンさん大丈夫ー?」とドアを空けて覗いて見たら、
ボンさんは布団の上にいて「にゃあ」と一声発しつつ、毛繕いしながらテレビを夢中で観ていた。
余裕のボンさんだった。人間のおっさんに見えた。
私は猫と暮らした事がなく、野良猫暮らしが長いボンさんを強引に突如家に入れてしまったので、実はずっとハラハラしていた。
でもボンさんは、なんで自分がここに連れて来られたかも分かっていて、これが人間の家の暮らしなんだな~へぇ~って感じに見えた。
もしかしたら「この人達家あったんだ~なんだ~ないのかと思ってた~」だったかもしれないけどね……笑
とにかく冷静だった。
家に来た初日から体調が悪くても、トイレはきちんと用意したトイレでして、
吐く時も絨毯の上では絶対吐かなかったし、掃除機とかドライヤーとか外にはないような音にも全く臆せず、窓を開けても出ようとしなかった。
ジャングルの奥地から都会に連れて来ていきなり文明に触れたらすごいリアクションするんじゃないか、みたいな感じで勝手に思っていた田舎思考の私は、ボンさんの賢さに驚くばかりだった。
ボンさんは淀川暮らしといえど、なかなかのシティーキャットだった。
「ぼくは大丈夫だよ、分かってる」と、私達を気遣ってくれてるように見える時もあった。
部屋でゴロゴロしていると、ボンさんはよくそばに来て一緒に寝た。
猫同士がよく体を寄せ合って眠るように。
きっとホウホウともこうやって温め合ったんだろうな、と一緒に寝ていると自分が猫になったような気がした。
外でもたまに私は寝転がってボンさんを抱っこしたりしたけど、
寝転がると、ボンさんは凄く喜んで心を開いてくれてる気がした。
こちらが無防備になるからかな、より繋がりや信頼が増す感覚がした。
犬や猫がお腹を見せて信頼を示す気持ちがなんとなく解る。
お互い寝転がって一緒に眠る時の感覚は、とても特別に感じた。
しかし、このまま、引っ越すまで平穏に暮らせるだろうか…
ボンさんは、外で自由にのびのび暮らしていたのだから、いつか外が恋しくなるんじゃないか、とも思っていた。
5日が過ぎる頃、家に帰るとT君が「ボンさんの様子が変。めっちゃ鳴く」と言った。
がああああん、ついに来た!と思った。
外に出たいんだとすぐ分かったけど、戸惑った。
元の場所に戻すのは、何だかボンさんを捨てるみたいで嫌だし、散歩させるのもペット不可のマンション故に難しい…
鳴くボンさんにハラハラしながら悩んだ。
トイレを土にしてみたけど、ダメだった。
悩んだ挙げ句、激しく外に出たいと訴えるボンさんにいたたまれなくなり、私達は引っ越すまではと、元の場所に帰す事にした。
戻す道中、激しく鳴くボンさんだったけど、今度は真夜中だったからスムーズだった。でもあまりに鳴くので、まだいつもの場所に辿り着く前だったけど外に出して一緒に歩いて行く事にした。
外に出たボンさんは大喜びだった。
走りながら地面に時々体を擦り付けていた。
「キャッホー!!」
って吹き出しがボンさんのオーラに見えるくらい。
ああ、やっぱり慣れ親しんだこの場所が好きなんだな…
外が好きなんだな。そう思った。
いつもの場所に辿り着いて、私達は帰るのをためらった。
ボンさんを置いていくのは辛い………。
これは散歩として、また家に一緒に帰る意志があるか……
ボンさんに聞いてみた。
かごを何度も見せて「一緒に帰る?」って誘ってみた。
でもボンさんからは「ここにいる」という意思を感じた。
「じゃあ、明日また来るからね」
そう言って、私達は帰った。
次の日、昼間にT君がボンさんの様子を見に行くとボンさんは出て来て元気そうだったと。
でもなぜか、帰ろうと歩き出すとボンさんはずっとついて来て、昼間だから学校の子供たちやら沢山人がいるのに、それでも普段付いてこないとこまでずっとついて来て、子供たちの視線を浴びたらしい。
やっぱり淋しいのかもしれない、家に一緒に帰りたかったのかもしれない。
胸を締め付けられたけど、Tは帰るしかなかった。
私はそれで物件探しに火がつき探しまくった。
条件は、ボンさんエリアから歩ける距離。
ボンさんが出入りできて、ボンさんがいつもの場所まで行き来できそうな場所。ボンさんが狭く感じないように一軒家。
その条件がほぼクリアされた物件を見つけた。
ボンさんエリアから河川敷をゆっくり歩いて15分弱ほどで行ける。住宅地も通るけど、さほど難しくない道のりだからボンさんなら覚えられそう。
という一軒家が、早々に見つかり即決めた。
お金はないけど、そこも交渉でうまくいった。
でも引っ越せるのは1ヶ月後。それまでまた今まで通りボンさんのとこに通おう。と決めた。
この頃、わたしは一つ、気になる夢を見ていた。
元気になってくれたボンさんだけど、
ボンさんが自分の『死に場所』を探している夢だった。
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