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32話*ボンさんのロックンロール
『ぼくはもう一度あの場所に行きたいと思ってるんだ』
と言ったボンさんのために、夜にはボンさんをキャリーカバンに入れてあの場所に連れて行った。
『もう一度』じゃなくて、何度でも連れて行くよ。
ボンさんをカバンから出すと、外の空気を感じたからか、いつものボンさんを取り戻したように少し元気になった。
ちゃんと自分で座って歩いた。
すぐに子猫兄弟が寄って来て、ボンさんに会えて凄く嬉しそうだった。
ボンさんがこの場所で、『心地良い風や、空気感をまた一緒に感じたい』と言ってくれたことが、とても嬉しかった。
『ボンさんは人といることを好む、でもお互いに見つめ合っているというイメージではなく、隣にいて、同じ方向を見ているようなイメージで、お互いの繋がりを大事にしていて心地よさを感じている』
この言葉で、ボンさんが私と同じ事を考えていたのを知った。
同じ気持ちで一緒に居てくれたんだな、と。
私も、言葉が通じないボンさんと心の繋がりを感じながら、それぞれが好きに過ごしている時間が大好きだった。
同じ気持ちで、同じ宝物を一緒に大事にしていたんだなって嬉しかった。
ボンさんはすぐに膝に乗ってきた。
いつもどおり。
ボンさんを膝に乗せながら『ボンさんはこういうなんでもない時間が一番好きだったんだろうな』と思っていたら、寝ていたボンさんが顔をあげて、いつものように笑ってるみたいな顔で私の顔をジッと見つめた。
『そうだよ』
って言ってるんだろうなと思って、ギュッとボンさんを抱き締めた。
それから毎日散歩できた訳ではなく、時々体調が悪いのかボンさんがキャリーに全然入ってくれないので行かない日もあった。
散歩に行けなくても、家の中でもボンさんは膝に乗って来たので、似たような時間を過ごせた。
動物病院には、週一回の通院を言われていた。
ボンさんは、きっと病院にはもう行きたくないだろうなと思いつつ、2回目の病院。
ボンさんは、とんでもなく太い注射を三本も打たれた。
さすがのボンさんも鳴いた。
見るのは辛かった、、、、体力がないから余計な気力を使わせるのも辛い、、、、。
待合室で複雑な気持ちでいると、ボンさんがキャリーから顔を出してきて低い声で私の目をしっかり見ながら鳴き始めた。
ボンさん、怒ってる、、、、目が三角だ。
『分かったよ、ボンさん、分かった』
ボンさんは助からないと断言されていて、私の目から見ても長くはないと思っていた。
病院に通っても、苦しみをじわじわ伸ばす感じで嫌だった。
でも、病院に行かないのも見殺しにしている気分になる、、、、。
何が最善か分からなかった。
でも、Junさんが教えてくれたボンさんの言葉を思い出した。
『ぼくは嫌なことは嫌というし、そしてそのことはEさんに伝えているし、
それをちゃんとキャッチしているはず』
私が感じているボンさんの気持ちは、あながち外れではなかったのかもしれない。
私は私が感じているボンさんの気持ちを大事にしようと思った。
その日から、私はボンさんを病院に連れて行くのをやめた。
ボンさんが私の笑った顔が見たい、いつも通り接して欲しいと言っていたので、私はボンさんの歌を作った。
休みの日には土間で洗濯しながらボンさんの歌を歌った。
『ボンさんは~めっちゃ賢い猫だね~♪めちゃかっこいい~♪』
ただ、ボンさんを誉めちぎる歌だ。
ボンさんは、ニコニコ笑いながら歌う私を見ていた。
ボンさんはいつも玄関の方を向いて、私達に背を向ける状態でベッドに横たわっていたのだけど、
ある晩、ボンさんの後ろ姿を見つめていたイチに、
『イチ、ボンさんは凄い猫なんだよ~ 強くて~賢くて~優しい、凄く立派な猫なんだよ~』
って、言い聞かせていたら、玄関を向いていたボンさんが、急に体位を変えてこちらを向き、イチと私を心なしかドヤ顔で見た。
『今、ご紹介に預かりました、オレです』って感じで、爆笑。
それから、ボンさんは自分から部屋の中に少しだけ入るようになった。
イチシバに接触させれないので、土間と部屋の間くらいにスペースを作った。
ボンさんとイチは時々、話してるように見えた。
ボンさんに日向ぼっこさせてあげたくて、昼間にあの場所に散歩に連れて行けた日。
とても良い天気で、何日も見ていなかった毛繕いをするボンさんがみれた。
ボンさんは階段に上がった。
いつも私達が座っていた階段に、ボンさんは座って動かなくなった。
遠くをジーっと見ていた。
ボンさんのその背中は、ここで生まれて一緒に過ごした兄弟たち、ご飯をくれた人間たち、近所の人や、学校の子供たちの笑い声、河川敷を散歩する人たち、虫や草、この場所の風や空気。
ここで過ごした日々。
たくさんの思い出の光を全身に浴びながら、今にも、UFOにでも吸い込まれて旅立ってしまいそうだった。
ボンさんは、準備をしていたのだと思う。
わたしは、階段を上るためにボンさんを抱き抱えた。
巨漢で抱っこできなかったボンさんが、今はとても軽かった。
河川敷まで行くと、ボンさんは階段でなぜか土ばかり食べていた。
人々の声が賑やかで、ボンさんといる私達を見た人が、
『え、犬かと思ったら、猫やった!』ってビックリしながら通りすぎた。
私達は一緒に、とてつもなく綺麗な夕陽を見た。
夜の散歩はそれからも何度かした。
散歩で、調子が良い時はしっぽを立てて少しだけ歩いた。
ボンさんは、家ではほとんど動かず、トイレがやっとだった。
歯槽膿漏が、どんどん悪化していたのでご飯を食べない日が続いた。
ある晩の散歩の時、ボンさんをキャリーから出して、子猫たちにご飯をあげていたら、ボンさんが急に走ってご飯置き場に行った。
1ヶ月くらい、走ってなかったし、ご飯も食べれず衰弱していたから、まさか走るなんて思わず、我が目を疑った。
体はふわふわヨロヨロしながらも、本当に気力だけで走ったんだと思う。
ご飯置き場にたどり着き、ボンさんはなんとご飯を急にガッツいて食べだしたのだ。
いつもボンさんがしていた事を、出来ないはずの体でボンさんはしていた。
もちろん、空の胃には受け付けず、すぐに吐いた。
そして、ボンさんは膝に乗り、寝始めた。
ボンさんは、最後の『いつも通り』を、全身全霊でプレゼントしてくれたのかもしれない。
帰りはキャリーの蓋を少し開けて、ボンさんがよくいた近所の場所を全て自転車で巡った。
ボンさん縄張りツアーだ。
ボンさんは懐かしいのか、目を見開き見ていた。
カバンから顔を出して夜の風を沢山嗅いで、自転車で走り抜ける風景を一生懸命見ていた。
その日の夜だったか明け方に、ボンさんの鳴き声が聞こえて飛び起きた。
2階の寝間から駆け降り、土間に行くとボンさんは玄関の扉の前に座って鳴いていた。
『外に出たい』と必死に訴えていた。
ああ、近いんだ、、、と思って、胸にガツンと来た。
外に出したらボンさんは帰って来ないだろう。
きっとボンさんは、体力があるうちに迷惑かけないように身を隠したいのだ。
その日の夜は、一階に布団を移して寝ることにした。
イチもシバも布団に来て、皆で同じ空間で眠ることに。
眠る前、間仕切りからこちらを見ているボンさんに私は気付いた。
ボンさんもこちらに来て、私達と一緒に布団で寝たい気持ちが物凄く伝わってきた。
一緒に寝たい衝動にかられたけど、イチシバとの接触を避けるためにそれはできない……
切なくて苦しい気持ちを振り切り、私は布団に潜り込んだ。
翌朝、またボンさんの鳴き声で目が覚めた。
起きると、ボンさんが土間から私達をジッと見ていた。
そして、玄関の扉の前に行き、また鳴き出した。
私が行くと、ボンさんは座った。
私はボンさんの背中を撫でながら、こう言った。
『ねぇ、ボンさん。ここまで一緒に来たんだから、私達と最後まで一緒にいようよ!私達は、迷惑なんかじゃないよ。最後までボンさんと一緒に居たいんだよ。ね、そうしよう。お願い。』
ボンさんは聞いていた。
それからボンさんはベッドに寝そべり、それ以降、鳴かなくなった。
ある夜、ボンさんのベッドの前で寝そべりながら、こちらを見るボンさんに向かって、
『ボンさん、今までめっちゃ一緒に遊んだねぇ。散歩したりしてさ、楽しかったね! ありがとうね!』
そんな事を言っていたら、ボンさんはわたしを見つめながら、
『そうだね、楽しかったね』って、笑っていた。
ついつい涙が溢れてしまったけど、笑ってボンさんと思い出を語り合った。
ボンさんは、私達が仕事から帰ると、必ず起き上がってヨロヨロと歩きながら傍まで来てくれ、足元にスリスリしてくれた。
『起きなくていいんだよ、ボンさん』と言っても、毎日かかさなかった。
ある日、仕事から帰るとボンさんは起き上がって来なかった。
意識が朦朧としているようだった。
撫でていると、時々体が暴れるというか、パニックみたいになり、少しだけ意識が戻って来る瞬間があった。
Tと見守っていると、意識が戻った瞬間にハッとして私達の顔を物凄くジーと見つめた。
私達が居る世界に戻って来て、私達の顔を一生懸命確かめて焼き付けるような眼差しだった。
ボンさん、私達の顔をどうか忘れず持って行ってね。
夜。
朦朧とした意識のボンさんをあの場所に連れて行った。
意識が少し戻って来たけど、キャリーから出しても自分で動けず、抱いて膝に乗せた。
時々ボンさんの体が激しく動いては、ハッと意識を取り戻すボンさんを私は抱きしめ続けた。
最後の夜だと、分かっていた。
家に帰って、ボンさんをベッドに寝かせた。
私達はテレビを見て風呂に入り、イチシバと遊び、ボンさんが寝ている土間の扉を閉めながら、
『ボンさん、おやすみ~』と、言って2階で寝た。
いつもと同じ。
朝、起きたらボンさんはこの世界には居ないと分かっていたのに、私達はいつも通りに寝て、目を覚ました。
起きてすぐ、二人で土間のドアを開けた。
ベッドから這い出て、倒れて固くなっていたボンさんがいた。
分かっていたけど、私達は泣き崩れた。
ボンさんは虹の向こうに渡っていったのだ。