10話*足るを知る
この頃、私達は二人して仕事がうまくいかず不安定な生活を送っていた。
オーソドックスな悩みや不安を抱えては、とにかく自由になりたいと思ってた。
色々な不安の中、野良猫のボンさん達の自由な生活を見ていて羨ましいなあと思いつつ、気付いた事があった。
ボンさん達は、お金や社会というシステムの外に生きる存在で、家もなけりゃ、ご飯もいつ食べれるか分からない生活をずっとしている。
服もない、道具もない、お金もない。荷物がない。身分証明もない。戸籍もない。なんにもない。
ふきさらした身一つだけだ。
人間が生まれたら、病院で看護婦さんやら母親から親戚やら沢山の人にその存在を認識され、祝われるってとこから大体始まるけど、
野良猫はこの世界の片隅にポンっと生まれて、
生みの母猫ぐらいにしか存在を認識されていないぐらいの小さな小さな存在から始まる。
それから一生なにも所有せずに、身一つで生きるのだ。
すごい存在だなと思った。
ただ、生きてる事実がそこにあるだけ。
人間に置き換えたらホームレスみたいなもんなんだろけど、ホームレスだって荷物なにかしら持ってる。
でも野良猫は本当に身一つ。
この猫たちが生きた事実を証明できるものがない。
そんなことも彼らは気にしちゃいない。
きっと野良猫達はいつか死に絶えたら、何にも残さずにこの日常の空間に溶けるように居なくなるんだろう。
それを潔くやってしまう猫たち。
なんだか、そんな野良猫に『ロック魂』を感じた。
私たちより過酷なはずの生活なのに、
ボンさん達はその日のご飯の事や寒さや暑さとか…、生活に関して一切思い患っているように見えなかった。
体も心も自由なんだ。
人間は、いらないものを勝手に抱えてあれこれ考え過ぎで、荷物を増やしたがる。
あるものに気付かず、満足せずに、足りない足りないと、増やすことばかり考えてる。
「足るを知る」
そんな言葉をあちこちで目にするようになった。
なんにもないのに満たされていて、堂々と存在するボンさん達がかっこよく見えた。
闘う時も逃げる時も、ご飯を食べれようが食べれまいが、暑かろうが寒かろうが、変に心配したり不安になることもない。
あるがままを受け入れて生きていた。
自分である事が一ミリもブレない。
不安だらけの自分達が何だか滑稽だった。
「いざとなったらボンさん達とここに住もうか。ボンさんに狩りを教えてもらってさ、バッタとか食べながら生きようか~」
なんてこと、ちょっと力を抜いて言えるようになった。
ボンさん達の方がよっぽど過酷な暮らしをしているのに、こんなにしなやかに伸びやかな気持ちで生きている。
叡智みたいなものをボンさん達は知って生きている気がした。
野良猫の寿命は5年らしい。
短かすぎる。
でも、ボンさん達は5年で充分だとでも言うように「今」をあるがままに満ち足りて生きてるように見えた。