月をうむ 8
第八話 異変
空の月は鋭く細くなっていき、光もすっかり弱まって、暗い夜がつづきます。
ヒカリがまっくら森にやってきてからすでに十日はすぎました。
トタンの屋根に月が流れ落ちてこなくても、モジャリは毎日のようにヒカリのいるこびとの村にやってきます。
今では月を飲まなくても、もじゃりはおなかがいっぱいで、ヒカリのそばにいるだけで心が満たされていました。
やがて新月の日を迎えました。
そして異変が起きました。
闇に溶け出した月はついには消えてなくなります。
新月の夜、まっくら森は闇にとっぷり浸かります。
こうして月が消えるのは、いつもと同じなのですが、そこから先がちがいます。
月は欠けては満ちるもの。溶け出した月は大地にしみこみ、蒸発して気体になると、再び空で固まって、もとの月に戻ります。
いつもなら完全に消えてしまっても、翌日からまた少しずつ形を取り戻します。それなのに今回は、いくら待ってもまっくら森は闇に沈んだままでした。
青白い光がしゃんしゃんと音をたてながら森の中を飛び交っています。
ぽっかり広場の緊急集会に向かう妖精たちとこびとたちが手にするスズランランプの灯りです。
どどどどどうっと地響きは、けものたちの大移動です。
精霊たちの不安そのままに、木々はゴーッとうねりをあげて、葉のしぶきを飛ばしています。
まっくら森の住人たちがひしめきあっている広場に、チカチカ二つの電球が明滅して近づいてきます。闇を切り裂くように飛ぶ物知りフクロウの目でした。
フクロウは広場の真ん中にある切り株の上に降り立つと、大きく広げた翼をとじて、住人たちに向かって重々しい口調で言います。
「月が消えてからもう五日。これは大変な異常事態じゃ。月がなくなるなど聞いたこともない。まさかこの中の誰かが盗んだのではあるまいな?」
物知りフクロウは首をぐるりと回しながら、住人たち一人ひとりの顔を疑わしそうに見ました。
「月を盗む? 一体誰がそんなこと……」
「この中に犯人が? まさか!」
「考えたこともないよ。月を盗むなんて……」
住人たちは互いに顔を見合わせて、自分ではないというように頭をぶんぶん横に振りました。
そんな中、突然ランプ屋のこびとじいさんが大声で叫びました。
「モジャリだ! 奴のしわざにちがいない。あいつがいつも月を飲むから、とうとうなくなってしまったんだ」
これにはほかのこびとたちも納得した様子です。
「モジャリは月の蜜をしょっちゅう飲んでいたしな」
「とうとう月を飲み尽くしてしまったのか」
「いくら言ってもやめなかったしな」
「待って!」
こびとたちの中からヒカリの声がしました。
「モジャリは最近はずっと月を飲んでいないわ。月が消えたのは、モジャリのせいじゃないわ」
「それじゃ、おまえさんのしわざか?」
こびとじいさんは、スズランランプの青白い灯りで、ヒカリの顔を照らしました。
「こびと村にモジャリをおびきよせ、わしらの目をごまかして、こっそり月を盗んだんだろう」
こびとじいさんの言葉で、ほかのこびとたちもいっせいにヒカリに疑いの目を向け、ささっとそばを離れました。
さらに追い討ちをかけるように、物知りフクロウが言います。
「最後に満月を見たのは、この娘が現れた夜じゃった。思えば、あの時からすでにもう異変は始まっておったのかもしれんのう」
「そもそもここにいないはずの月の子が現われたってこと自体おかしなことだったんだ」
聞き耳ウサギもすかさず言いました。
「この子はオレたちの世界に図々しく入り込んできて、この世界をめちゃくちゃにしたんだ」
イノシシが今にも突進しそうな勢いで鼻息を荒くして叫びました。
「そんな……。私、何もしてないわ。月がどうしてなくなったかなんて知らない。本当よ。お願い、信じて」
ヒカリは必死に訴えますが、誰かを犯人にしてしまわなければ気がおさまらない住人たちは、みんなでヒカリを疑います。
けものたちは牙をむき、うなり声をあげ、妖精たちは羽をこすりあわせて警戒音を発しています。
やさしかったこびと夫妻も困惑する子どもたちを抱きしめながら、黙って見ているだけでした。
フクロウはせき払いをして住人たちの注意を自分に向けさせると、判決を下す裁判官のように厳かな口調で言います。
「この娘には闇の洞穴に入ってもらう。後の処置は、この後の話し合いで決める。みんな、これに異存はないな?」
物知りフクロウの言葉に住人たちは全員同意しました。
ヒカリは何が何だかわからないまま、住人たちに追い立てられて森のはずれの洞穴に閉じ込められてしまいました。
つぎのおはなし
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