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メンタリストDaiGoさんの話題から禁パチに大切な客観性を考える2

今回は前回のメンタリストDaiGoさんの話題を通じて、禁パチのための客観性を育もう!の完結編です。前回の記事を前提に話していくので、読んでいない方はぜひ下のリンクから読んでみてください。

https://note.com/ginjiroyaranai/n/n5e9a541b0075

あ!あと、最後に注意事項が書いてあるので、最後までしっかり読んでいただけると嬉しいです!


■好き嫌い、善悪、主観にとらわれない練習
さて、DaiGoさんの話題、

・Youtube動画にコメントしてる人たちは赤の他人(DaiGo)の発言に対して異常に感情的になっていたり
・心理学の専門家が「DaiGoを分析します!」とかいって、タダの悪口をいっていたり
・人権団体がさわいでいたり
・ひろゆきさんが相変わらず身も蓋もない事をいっていたり等々

基本的にみんな、この話題に対して感情的な意見や善悪に対する意見を展開しています・・・つまりバリバリ主観に飲まれているってことですね。

ぼくらはどんな時も、主観にとらわれずもう一個上の視点から、客観的に物事を見る練習をし、禁パチや自制する力を上げていこう!という事をしつこく伝えようと思います。


■客観はとにかく難しい
まず、客観性を高めることがどれだけ大変なことなのか?一つの事例を見ていきましょう。

ある心理学者の方が、「DaiGoさんの心理分析をする」という意図の記事を書いていました。

そこに書かれていたものは、なんとも客観性に乏しく、心理分析とは名ばかりで、よくいっても、ほぼ私見を述べているだけ、悪く言えばタダの悪口と説教の記事でした(笑)

その記事の抜粋をみてもらいましょう。

皆に分かりやすくするために、その心理学者さんの記事のひどいところだけを抜き出してみます。明確にぼくの印象操作がはいっているので、そこも考慮してお読みください。

以下、記事からの抜粋、若干略してます。
ーーーーーーーーーーーーー

「彼の真理を分析するため、全く不本意ではあったが、過去の彼の動画を何本かみてみた」

「この人はこういうコンプレックスを持っていて、こういう行動をとっているから、こんな思想になったに違いない」

「巧みな話術とプレゼンテーション力で疑似科学の権化になっている」

「たくさん本を読んでいるように見えるが、我々研究者からしたら、大した量ではない」

「”よく生きるため”の教養をもっていない」

「信者だけが見る動画だから問題にならなかっただけ」

「人間を人間たらしめている共感性が彼には欠如している」”
ーーーーーーーーーーーーーーーー
抜粋終わり


途中途中、分析のようなものを入れつつ終始こんな調子の文章でした。

個人的には、そもそも心理学者の方が、勝手に特定の人間の心理分析を公にしている事自体がどうかと思うのですが、(本人の許可とってるのかも?)それ以上に、気になったのが、おおよそ心理分析とは関係のない自分の感情、感想の話がされていた事です。

まぁヤフーニュースの記事なので、そもそも「感情的に書かれている文章」を採用したのだと思いますが。

知っておいてもらいたいのは、研究者や科学者というのは、どこまでも客観性を求められる仕事だということ。

この方は大学教授ですから心理学者、研究者として意見を求められている文章だと思って、ぼくは読み進めたのですが、どうみても「悪口か説教しかしてないな(笑)」という感想でした。

訓練されている可能性が高いであろう学歴エリートの方ですら、やはり「客観性」という点において、かなり低いということが分かると思います。

ぼくも、油断するとすぐ感情に飲まれてしまいます。やっぱり人間が客観性を維持するのはむずかしいですよね。


■自分の客観性レベルを理解しよう!
本当に今回のDaiGoさんの件は客観性を語る上でわかりやすい事例です。なので、この話題に反応したコメントや記事を参考に、

・自分はどんな状況とき、
・どんな体調の時、
・どんな客観性レベルになるか?

ぜひ考えてみてください!

んで、あくまでここで出す例は、特定のコメントではなくて、それを抽象化した概念に過ぎないので、そこを前提に参考までにみてみてください。


■6つの客観性レベル

全部で6つのレベルを設定しました。

・客観性レベル0(自分の世界しか見えてない)
「DaiGoは悪いことを言った人格破綻者!シネ」
「DaiGo好き、だから何を言っても関係ない!好き」

この2つの意見は客観性という意味では論外ですねw

・客観性レベル1(感情に飲まれている)
「知り合いにホームレスの人がいる!その人は努力しているんだ!それでも仕事がみつからなくて困っている。そんな人を差別する発言はゆるさない!」

おおよそ常識的な意見に見えます。ですが、自分や自分の知り合いが、直接DaiGoさんにこの発言をされたならともかく、動画を見ただけでここまで感情に飲まれ、「ゆるさない」という攻撃性も出している、という点でみると、客観性レベルはほぼ0に等しいですが、さっきの例よりマシなので1です。

・客観性レベル2(感情的にあまりなってない)
「公共の施設で排除アートっていって税金でホームレスを排除してるよね。口先だけで何もしてない人は非難するのに、あれは非難しないの?」(ひろゆき)

「ホームレスにだって人権はあるんだから、その発言は、さすがにまずんじゃない?」

1個目は「2ちゃんねる」を作ったひろゆきさんが言った意見だそうです。彼がどのくらい俯瞰して今回の話題にコメントしているのかわかりませんが、この意見自体は「善悪」という枠の中での話ですし、DaiGo批判をしている人たちに食ってかかってる印象がある(⇐ま、知り合いらしいので当たり前でしょう)ので、レベルに2おさめときました。

・客観性レベル3(自他をきりわける)
「DaiGoが差別的な発言をしたんだね。差別は悪いことだと思うけど。ま、私には関係ないか」

「油断すると誰でも、差別的な発言ってしちゃうよね。オレも人を傷つけないように油断せず発言しよう!」

「ちょっと差別的な発言するだけで、有名人だと絶対攻撃されまくるぞ。DaiGoさん気をつけないとだよ~」

これらの意見は結構冷静に自分ごとと他人事を切り分けています。ですが、これも善悪という枠組みを超えられていないので、やや主観的です。

・客観性レベル4(自他、客観主観を切り分ける)
前回、ぼくが言ったような事をしている人。好き嫌い、善悪、自他、感情、の外から物事を見ている状態。相当な訓練を積まないと多分無理です。当然ぼくも全然できません。

・客観性レベル神
「全てをただただ見ている」

世界を究極まで抽象的に見ている状態。これは悟りを開いた人間のレベル。もしくは神自体です。なので多分現実世界にはいません。なので何の参考にもなりません。


さっきもちらっと言いましたが、当然の事ながら、「客観と主観の切り分け」というのはその人の「習熟度や理解度、心がけ」だけには依存しません。

・話のテーマや
・自分との関連性
・その時の気分

あらゆる要素によってレベルが上下します。

ぼくにしたって直接「あなたはパチプロなんてやってクソですね。社会の役に立ってないので、しんでください」とか面と向かって言われたらブチギレて客観性は0に向かいます(笑)

今回の話を冷静にできるのは、メンタリストDaiGoさんにそんなに思い入れもないし、ホームレス差別に対しても別になんの感情も動かいないからであって、やはりテーマによってかなりレベルが変動するんでしょうね。



■客観視を実践する!
そうじていうと、客観的になるのは難しい!という結論に至るので、できたら「客観主観の切り分け」は、自分と関連性が低い事柄を使って練習するのがおすすめです。

徐々にどこが客観か、どこが主観か、考える癖をつけて、最終的には自制心を高める助けとしての「客観性」を身に着けていきたいですね。

ぼくも日々、頑張ろうと思います!!!


■注意事項!!
※注:この記事はヤフーニュースとDaiGoさんの動画のコメント欄からのみ情報を引っ張ってきてるので別に事実関係の確認とか全然してません。

「こういう物語から、客観性について学ぼう」というだけ話であって、別に漫画のストーリーから学ぶ、でもなんでもよかった話なので、あまりDaiGoさんの話題自体に引っ張られないでくださいね!

で、この記事で上げたひどい事例は、特別ひどくてわかりやすいものを、ぼくが悪意によって(笑)選んでいますから、悪しからずって感じです。

実際には皆、軽く感情的になってるだけで、一部の人を除いて、そこまでの興味はないのだろうと思います。赤の他人が差別的な発言をしたことなんて本来、「タレントが結婚した」とか「不倫した」という話くらい、どうでもいいことであると思います。


では最後に、ぼくの大好きな言葉でしめくくらせてもらいます。

「地獄への道は善意で舗装されている」

あまりにも的を射ていて、人類の教訓が一点の凝縮された名言(ことわざ)だと思います。

僕達は社会正義のためなら、どこまでも攻撃的になれます。果たしてその社会正義は自分にとって、本当に大事なことなのか?「客観的」に考えてみてください。

では

ぎんじろう

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