見出し画像

私の好きな移動時間=心を緩め自由に羽ばたく

 「Ladies and gentleman, we are now ready for takeoff. Once again please check that your seatbelt is securely fastened,(綺麗な女の人の声で)皆様にご案内いたします。この飛行機は間もなく離陸いたします。シートベルトをもう一度お確かめ下さい。」
 
 私が好きな時間は、移動をしている時間だ。20代の頃はよくバックパックひとつで旅行をしていたものだ。しかし仕事ばかりしてきた30代、40代も後半になって、貧乏性なのか常に何かしていないと落ち着かない。良く言い換えると向上心があるということでもあるが、常に何かに向かっていなければ気が済まない性分である。そんな私にとって唯一ぼーっとできるのが移動時間なのである。指定の時間に飛行機や列車に乗り込み、出発する瞬間。私の心に張り詰めていた糸がふっと切れる。もう流れに身を任せておこうとばかりにシートに深く体をうずめる瞬間。機内(車内)からはアナウンスが流れる。飛行機であれば体が一瞬ふわっとする瞬間も好きだ。丸い窓からは銀翼とどこまでも青い空が見える。列車であれば、後ろへ流れる景色がある。しばらくぼーっとする。持ってきた文庫本を開いたり、見るとはなしにスマホを眺めたり。買った飲み物を飲んでみたり、放っておいた日記を書いてみたり。見れていなかった映画を見るのもいい。何をしていても、していなくても目的地についてしまうという、安堵感に身を任せる。しばらくしてまたぼーっとする。この「ぼーっとする」ということが、どうやら移動時間についてくる特典らしい。そうこうしているうちに、心は遠い過去へと彷徨い始める。

 20代の頃、大学の休みを利用して、ヨーロッパ横断、中国やインド、東南アジアなどへ出向いた。インドである村へ滞在していた時のこと。年は中学生ぐらいのひょろっとした背の高い青年と毎朝散歩をしていた。カジュラホという仏教にゆかりのある場所だった気がする。その青年が、毎朝私の泊まっていた安宿に迎えに来る。そして二人でぶらぶらと散歩をするのだ。会話の内容はほとんど覚えていないが、青年とのそのささやかな時間がとても印象に残っている。あれは夢の中の出来事だったのだろうか。今では遠く感じるが、ふとした瞬間に、私の心の風景に青年と過ごしたその時間が蘇ることがある。あの青年は今頃どうしているだろうか。

 またシチリアのカプリ島に行った時の事。高校の同級生とのふたり旅だった。「青い洞窟」という場所を目指して、2人で歩いていたが、そこへ行く船はもう出発してしまったとのこと。だがシチリアの青い海を目の前にして、いてもたってもいられない。持っているもの全てを脱いで、今までたいそう用心し、大事に下着の上につけていたパスポート入れも全て大きな岩の上に置いて、シチリアの海へ飛び込んだ。思ったよりも高い波で、岩場に打ち付けられそうになりながらキャーキャーと言いながら泳ぐ私たち。今考えてもどうしてそんなことが出来たのか理解に苦しむが、とにかくその時はそれがベストだと思えた。しばらくすると、海の沖合からカヌーをこいでこちらへやってくる人がいる。髪は長いが、青年だった。しかも向こうも裸である。どこをどう隠しても私たちも裸である。青年が言うことには、青い洞窟ならぬ「白い洞窟」というのがあるから、一緒に行かないか。ということだった。もちろん初めはいぶかしんだが、もともと裸のふたりである。そしてこの青年も決して悪い人ではなかろう、日に焼けた肌に真っ白な歯の笑顔。よし、決まった!青年のこぐカヌーにつかまりながら、裸の3人は「白い洞窟」を目指した。いよいよ洞窟の中に入り見渡すと、岩の間から光が差し込んでいた。青年がざぶんと海へ潜り、拾い見せてくれたもの、それは丸みを帯びた白い石だった。なるほど、こうして海底の石に反射して洞窟全体が白になるのだとわかった。光に満ちた美しい洞窟だった。青の洞窟に行けなくて、良かったと思った。そして私たちは安全なまま、服とパスポートのある岩場へ戻った。本当に不思議な夢の様な出来事である。
 
 話を移動時間に戻そう。旅の目的地についてしまうと、観光地だなんだと、その場所でしなくてはならないことが押し寄せてくる。その前の移動時間つまり「ぼーっとする時間」は、わたしにとっての至福の時間である。私というより脳が喜んでいるのかもしれない。脳科学によると「ぼーっとする」ことで、脳内のデフォルトモードネットワーク(DMN)という領域が活性化し、脳内が整理され、創造性が高まるということだ。しかし、DMNが活性化されるデメリットもある。頭がぼんやりして注意力が散漫になることや、余計なことを考えすぎて、不安にさいなまれることにもなるということだ。
 それは確かに私の場合にも当てはまる。移動時間にあまりにもぼーっとしすぎて、降りる駅を間違えたり、忘れ物をしたりすることだ。最近は防止策として降りる10分前にアラームを鳴らす設定をするようにした。しかしそれさえも忘れて、アラームの大音量に自分がびっくりし、他の乗客にペコペコ頭を下げる始末である。それでも移動している時間が、心が緩み自由にはばたく時間を約束してくれる事には変わりはない。

いいなと思ったら応援しよう!