ごんぼほりのたんたん
デーリー東北新聞「ふみづくえ」
リレーエッセイ 2020年5月27日掲載
ジンジャー姉妹 湊山はる
もう、毎日ヘトヘトである。新型コロナウイルスによる緊急事態宣言を受けて東京では保育園も休園が続いており、1歳9カ月の娘と朝から晩までベッタリの生活だ。うわさに聞いていた「イヤイヤ期」も到来しつつあり、ニコニコと育てやすかった赤ちゃんは、号泣しながら地べたに転がって足をバタバタさせるステレオタイプの幼児へと華麗なる変貌を遂げた。
私の本業であるデザインの仕事もポツポツと動いているし、みんなが家にいるこんな時だからこそYouTubeの動画制作も進めていきたい。娘が静かに一人遊びをしている時を見計らって作業しようと試みるが、黙りこくっている時こそ要注意である。パンを壁でこすって生パン粉を生成していたり、椅子に座った拍子に口からドングリが3個まろび出てきたりして、私はしょっちゅう白目を剝いている。その度に脳のモードが「仕事→母ちゃん」に強制的に切り替わり、結局作業は何も手につかないまま、気が付けば窓の外はすっかり暗くなっている。そんなこんなで、どんどんこちらの気力体力が削がれていくのに反比例して、壁の落書きや洗濯物、私のフラストレーションは増大の一途をたどっている。あと体重も。あ、それは関係ありませんでした。
私は人としての器が食玩の湯呑みほどの小ささなので、こんな毎日にキレ散らかしてしまいそうになる。そんな時、昔誰かに「怒る時は方言を使ってほしい…少し和むから…」と言われたことを思い出す。怒っている相手に和みを求めないでほしい。が、なるほど一理あるかもしれない。という訳で、ここ最近はイライラしたらなるべく南部弁を使うようにしている。「はーーー!ほにほに、きもやげる!」「この、ごんぼほり!」などなど、なんとなく自分の気持ちもほぐれるような気がしてくるではないか。まあ、普段はすっかり標準語が馴染んでいるからこそ成せる裏技かもしれない。
さて、子供と一緒に生活していると、自然と幼児言葉を使うことが多くなる。中でも気に入っているのは「たんたん(靴下)」だ。片手に収まるほどの小さい靴下のかわいらしさ。それを体現したような響きにほっこりとしながらも、ふと気付いた。東京の友達が使っているのも、テレビや書籍でも聞いたことがない。試しに西日本出身の夫に聞いてみると、案の定使わないという。うーん。そこで保育園の先生にも尋ねてみた。「言います言います!…でも確かに他のお母さんや先生が使っているのは聞いたことがないですね…。」
これはもしやと出身を聞いてみたところで、ようやく合点がいった。「岩手です!」。私たちは顔を見合わせて笑った。(後に分かったが、語源は「足袋」で、東北広域でよく使われているようだ)
それから色々調べていくうちに、幼い頃聞いていた幼児言葉の中には南部弁特有のものが数多く存在することを知った。幼くして母を亡くし、おばあちゃんっ子だった私は、そんな言葉たちをとりわけたくさんもらっていたように思う。「でんでんかっか(肩車)」や「ばーいすべ(捨てようね)」など、祖母の優しい声と共に思い出しながら、今日も可愛い「ごんぼほり」の小さな足に「たんたん」を履かせるのだった。
<デーリー東北新聞社提供>
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ジンジャー姉妹
八戸市出身の実の姉妹(湊山りえ・湊山はる)によるクリエイティブユニット。動画投稿サイト「ユーチューブ」で、歌と解説を通して南部弁の魅力を紹介。はるによる「アナと雪の女王」主題歌の南部弁バージョン「雪だるまこへるべ」「生まれではじめで~リプライズ」では、累計1200万回再生を突破。東京都在住。